
新潮社[新潮文庫] 2025.02.08読了
15年ぶり位に再読した。強烈におもしろかったことは覚えているが内容はほとんど忘れかけていた。とはいえ万俵大介(まんぴょうだいすけ)が妻妾同居の生活を営んでいる場面まで読んだとき「あぁ、そうだそうだ」と段々と思い出してきた。煌びやかに見える一族の裏にある、歪で異様なもの。
阪神銀行頭取・万俵大介を中心として、妻・寧子(やすこ)、愛人・相子、長男・鉄平、次男・銀平、3人の娘などの華麗なる万俵一族の栄光と崩壊を描いた圧巻の作品だ。
預金残高を増やすための支店長らの奔走、銀行合併の内幕など、金融業界の裏事情のようなものが露わになっている。もはや談合、密会においてしか企業や組織は大きくなれないのかもしれないという日本社会の闇をみた気がする(現代とはもちろん異なるだろうが)。銀行や大手メーカーだけではないが、大企業のトップにいないと組織の向かう方向はわからない。会社を支える社員たちはただただこき使われるだけのコマのように思えてしまう。
大介の妻寧子は、女の嫉妬心の凄まじさを『源氏物語』の六条御息所になぞらえる。嫉妬に狂い生霊となるのは、相子と自分のどちらなのだろうかと。ここでも日本の最古の長編小説が登場するとは、源氏物語の影響は計り知れない。
1巻の終わりまで読んだとき、これだけでも満足感があるむっちりとした内容だったので、これがまだ中、下巻も続くのかと、山崎さんの精力的な筆致に恐れおののいた。迫真の演技なんてよく言うけど、迫真の筆致である。
大介は、銀行家(バンカー)というものの定義を自分なりにこのように考える。
「他人の金を扱うという厳しい規制がありながらも、それが自然な人間の欲望を抑圧し、歪め、じめじめした欲求をもたらせることがあるが、それを用意周到な方法で処理し絶対に世間に知られないようにする」
私生活に疑問を感じさせない冷厳公正なる頭取で押し通す、という強い決意が大介にはある。
一方で大介の長男・鉄平は事業家である。阪神特殊鋼の専務である彼は、鋼鉄に期待をし高炉建設に命をかける。今は亡き祖父(つまり大介の父親)に風貌も性格も似た鉄平の出生をめぐる疑惑から、鉄平は大介から厳しい仕打ちを受ける。父と息子とは思えないこの歪んだ関係。
大介の長女一子(いちこ)が嫁いだ大蔵省主計局次長・美馬中(みまあたる)は抜き差しならない奴だなと思ったし、相子は絶対に同性に嫌われる人だ。こんな人が周りにいたらキツイなと思いつつも、小説の中にいるととびきり物語がおもしろくなる。最後まで鉄平を思いやった大同銀行三雲頭取の優しさと信念には心が救われるが、善が報われないところが、、、現実に近いのだろうと思う。
一度めに読んだ時は気づかなかったが、万俵一族と仕事関係以外の人物がほぼ出てこない(1人だけ鉄平の友人で弁護士でもある人物は登場する)。友情も絡めたらもっと深みが出るのだろうが、これは家族と事業に野心を燃やす男性の話だから余分なものは省いているのかも。
たまらん、たまらん。やはり山崎豊子さんはとてつもない作家だ。こんなにも骨太で濃密なストーリーを作り出せるとは。彼女の作品にはたいていモデルとなる事件があり、綿密な取材力も作品をリアルにする。冷血な悪党が主人公であるところが読者の心を掴む。正直、良い人しか出てこない作品は物足りない。だって、私たちが生きるこの世界は残忍で非道なものが多いのだから。
50年以上前の作品だが、今読んでも色褪せることなく読み応えがある。読みどころはふんだんにあるが、やはり父親大介と長男鉄平の関係性が魂を込められて書かれている。終盤の葬儀の日の筆致には込み上げるものがある。山崎さんは井上靖さんの指導を受けたというから、その才能や熱量は昔から長けていたのだろう。作品で一番好きなのは『沈まぬ太陽』だ。全作を少しずつ再読しようかなという気分になってきた。