
『カテリーナの微笑 レオナルド・ダ・ヴィンチの母』カルロ・ヴェッチェ 日高健太郎/訳
みすず書房 2025.02.21読了
レオナルド・ダ・ヴィンチの名前を知らない人はいないだろう。絵画「モナリザ」「最後の晩餐」等で知られるルネサンス期を代表する万能の人物だ。私がまっさきにイメージする画は「岩窟の聖母」である(タイトルを覚えていたわけではなく先ほどググった)。彼の母親だろうとされている人がカテリーナという女性で、この小説では、彼女が産まれ生き抜いたとされる1400年代のイタリアの壮大な歴史絵巻が描かれている。
タタール人の攻撃が出てくる。まさしく『タタール人の砂漠』を思い出した。けれどあれは攻撃とか戦争の話ではなくて、タタール人が攻め入ってこないよう注視する人の話だった。人間の生とは何かみたいなものを静かに考えさせられた。あとはこの時代に流行した感染症・ペストのことも何度も出てくる。
章ごとに語り手が変わる。カテリーナの出生を話す父親ヤコブから始まり、カテリーナと関わった多くの人たちが話す。読者は彼女の生き様を知るのだが語り手たちの人生もまた興味深い。ともすれば語り手たちが主役であるようにも読める。最後の章は「私」、つまり著者が、この作品を書いた経緯を話して結びとしている。
フランチェスコの妻レーナが、手を取り合って生きていくべき男と女のことを話す姿には感動すら覚える。レーナは男と女を分断した壁を取り払うと言う革命とも言える発言をするのだ。女奴隷であったカテリーナと結ばれたピエロについて、最初は非道な人物に思えたのだが実は違っていた。
全編を通して「記録に残すことが崇高なもの」とされている。「人が死んでも口に出した言葉が生き続けるというのは、どうして?」とピエロが父に尋ねたように、書くこと、文章に残すことが表した意味は大きい。公証人というすべてを記録する職務が歴史を知る上で貴重な財産となっている。
もちろん、愛を交わすことで分かり合える関係もあるし、この小説の中でカテリーナ自身はほとんど話さない。カテリーナは何よりも「自由」を求めた。生まれ育った部族の自然と共生した生き方こそが彼女の幸せだったのだ。これを読むと、カテリーナは自由に生きたのだと確信できる。例え女奴隷であろうとも、微笑みを絶やさずに生き抜いた。
レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯が綴られた本は数多くあるが、その母親のことは謎に包まれていた。しかし歴史家が文書によって紐解いていったのだ。
みすず書房の本は独特の選書と素敵な装幀が大好きなのだけれど、いかんせん高額なのが玉に瑕。この本も刊行から結構日が経っているけど、amazonや読者メーターに感想の類がほとんどないのは、本自体が高額な故でおそらく多くは出回っていないのだろう。細密画をじっくり見るような、はてはペルシャ絨毯をカタコトと織るような重層的な作品だった。じっくりと時間をかけて読むのに良い本だ。