
『海と毒薬』遠藤周作
新潮社[新潮文庫] 2024.11.26読了
言わずと知れた遠藤周作さんの名作である。新潮文庫の夏のフェアが好き(もう冬だけど!)で、というかフェアというよりも購入すると毎年ついてくるステンドグラス風の栞が好みなんだよなぁ。この『海と毒薬』はかなり昔に読んだことがあるが、忘れかけていたのでこの機会に読み直した。
そうだった、これは実際に九州で起きた事件を元にして遠藤周作さんがフィクションにしたものだった。戦争末期に、九州の病院でアメリカ人捕虜の生体解剖が行われた事件である。
本編に入る前のシーンが絶妙だ。人は罪を犯したとしてもなお平然とした暮らしができ、そしてそういう人を何とも思わないこの感情。
勝呂(すぐろ)が何者かを知った時、周りの景色が違って見えた。「なにがなんだかわからなかった、今までそうした事実をほとんど気にもとめなかったことが非常にふしぎに思われた」というのだ。そうした事実とは、だれかを殺した経験がある人が周りにいて、なんの気もなく普通にしている(ように見える)ということ。
戸田の過去の回想に胸が苦しくなる。自分の犯した悪い行為について振り返る。自分の良心に対する恐れがないのではないか、自分は異常なのだろうか?と。一体何が人を苦しめるのだろう。「世間体や刑務所が嫌だから」というだけの理由で人を殺めることに躊躇する人がいるならば、捕まらなければ平気で何の感情もなくコトに及ぶだろう。それこそ、戦時中の兵士である。敵を撃って殺す。敵国を砲撃することが日本のため、天皇のためと言われて育った彼らにとっては、それが英雄の証だった。日本にそんな過去があったのだから、戦争が人を狂わせたという見方も確実にあろう。
多くの人は、世間の目を気にする。罰金を払いたくないから、転職できなくなるから、留置場に入れられたくないからと、法に触れないがために罪を犯さないだけかもしれない。では罪悪感とは何だろう。日本人が罪悪感を失ってしまったのだとしたら、これは日本の教育や報道が間違っているのではなかろうか。こんな薄っぺらい小説なのに、罪と罰についての深淵な問いかけが胸に迫る。