
『魂に秩序を』マット・ラフ 浜野アキオ/訳
新潮社[新潮文庫] 2024.11.15読了
最初はよくわからなかった。語り手アンドルーの周りには、家族のような自分に近しい人たちが常にいる(というか見守っている)。でも実はそれは多重人格のそれぞれの人格であり、それら一つ一つが「魂」なのだと徐々に気付く。読みにくそうだなと思っていたが「家」のあたりから色々と把握できた。そうなると案外読みやすく感じた。
アンドルーは多重人格者、今でいうところの「乖離性同一性障害」を持つ。複数の人格を持つ彼だが、医師の助けもあって自分なりに折り合いをつけて生きている。脳内でせめぎ合う多くの人格のやり取りを読んでいると、誰でも多少はこういう感情があるのではないかと思う。何かの選択を迫られているときに「別の自分はこう言ってる」みたいな感覚。仕事にも運良くありつけて、素敵な友達ジュリーとも仲良くなれたが、ある時同じ障害を持つペニーが職場に現れる。2人はそれぞれなんらかの過去のトラウマからこのようになってしまったようだ。
新潮文庫の発掘本のシリーズだからもっと古い作品かと思っていたが、作品自体は母国で2006年に刊行されたもの。内容もバーチャルリアリティーなど結構近未来的なテーマが盛り込まれている。この作家は、一言でいうと「天才型頭脳」を持っていると確信した。小説の組み立て方や知識が尋常でなく抜きんでている。普通の人では考えつかないような。日本人だと小川哲さんがその型だと思う。
これを読みながらダニエル・キイス著『24人のビリー・ミリガン』や『アルジャーノンに花束を』を思い出した。序盤から連想していたが、実際に作中でも終盤にビリー・ミリガンに言及されていたから、著者も思うことは色々とあったのだと思う。あれはノンフィクションだからまたこの小説とは異なるが、大いに考えさせられる。また違うが数年前に読んだ『統合失調症の一族』(これもかなり興味深く読めた)を連想した。
アンドルーとジュリー、またはアンドルーとペニーの恋愛模様も重要な要素だ。もちろんアンドルーとペニーに関しては、どの人格が恋愛をしているのかによって大いに意味合いは違うのだが。アンドルーとペニーは同じ人種同士だから、わかりあうことが多い。よく聾唖者は聾唖者同士で結婚するが、それは同じコミュニティにいるから自然とそうなるという理由だけではないかもしれない。同じ趣味同士がくっ付くのと同じように、一つの個性同士が共鳴しあうようなものではないだろうか。身体的障害がつながる要素なのではなく、精神のつながりから結びつく、という意味だ。
後半からはアンドルーの過去を解き明かすミステリータッチな展開で疾走感が高まった。でも私としては前半の方が好きだったな。で、意外にも(だいたいこの手の作品には爽快感はほぼない。悪い意味ではなくね。)この作品の読後感はかなり爽快であった。
新潮文庫史上いちばん分厚い本、ということでひるんでしまっていたが思いのほか読みやすかった。もちろん文庫本として1,080頁はまあまあの量と厚さだが、dadadada…(奥泉光著『虚史のリズム』)を読んだからか特に負担は感じなかった。
てんこ盛り系をそんなに好まないのだけど、発掘本のシリーズだし前から気になっていた『ラヴクラフトカントリー』の作者とのこと。そもそも帯で主張しているほどてんこ盛りではないと思うけど…。最近ありがちな盛り過ぎの帯の文句。そういえば『ラヴクラフト~』を読むためにまずは本家本元のラヴクラフトのクトゥルー神話を読んだのに、『ラヴクラフト~』を読むのを忘れていた。近いうちに読もう。