
『ジョヴァンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン 大橋吉之輔/訳
ボールドウィン生誕100年ということで、装い新たに帯が巻かれて書店の新刊コーナーにあった。読み終えた今、絶望感に苛まれてなかなか重たい気分になっている。ボールドウィンの作品は過去に1冊(おそらく一番有名な小説)しか読んでいなくこれが2作目であるが、やはりアメリカを代表する作家だと改めて感じた。
父親や伯母エレンとの確執からフランス・パリに住むアメリカ人青年デイヴィッドにはヘラという婚約者がいる。彼女がスペインに自分探しの旅に出た期間、ジョヴァンニと知り合い深い関係となる。
第一部では、ディヴィッドがジョヴァンニとどうやって出会いこのような関係になったのかが、深い自己分析と共に語られる。デイヴィッドの回想から、なにか恐ろしいことが起きたのだとわかる。ジョヴァンニは一体何をしたのだろう?明日何が起こるのだろう?ちょっとしたミステリー要素もあり、スリリングな展開に頁を捲る手が止まらない。
第二部では出会いからの2人の生活、ことにジョヴァンニの部屋でのことが語られる。この作品の悲劇は、主人公ディヴィッドが自分に正直になれなかったこと。ゲイである、または両性であるということを認めていればこんなにも(登場人物ほぼ全員の)不幸な結末にはならなかったろうに。今であれば本心を曝け出せたはずで、こんな風にならなかったろう。ヘラがスペインから帰ってきてから、ディヴィッドと哲学的な言い合いをする場面は興味深い。
デイヴィッドの罪悪感、恐怖心、喪失感、孤独感がこれでもかというほど書き連ねてある。彼は普通でいたかったのか、というよりも周りから普通に見られたかったのか。一方で、あくまでも自分の気持ちを正直に貫いたジョヴァンニはむしろ幸せだったといえよう。
この夏に読んだアンドレ・アシマン著『君の名前で僕を呼んで』は、あけすけで甘ったるい愛が飛び交っていていささか辟易してしまったのだが、この作品にはそういうものはなかった。性描写や愛のささやきがほとんどないからであろう。内面の葛藤や苦悩がほとばしり、心震える読書体験となった。