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『彼岸過迄』夏目漱石|改題「蛇の長杖」、ジャンルは精神分析小説

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彼岸過迄夏目漱石 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.09.08読了

 

日読んだ島田雅彦さんのエッセイで、夏目漱石著『彼岸過迄』の尾行の場面について「探偵小説」の一つだと話していた。漱石ってそんな小説も書くのかなと俄然興味を持っていた。

 

の小説は朝日新聞に連載された連載で、元々漱石が「元旦から始めて、彼岸過迄書く予定だから単に名づけたまでに過ぎない実は空しい標題である」と序章で言っている通り、内容とは全く関係ないタイトルである。だから逆にインパクトがあって忘れられないけれど。短編をつなげたというスタイルのようだが、今でいう連作短編はここから始まったのだろうか。

 

るほど、これは探偵風小説だ。職を探している敬太郎は、友人の須永に、職をあてがってもらえるよう須永の叔父に依頼をしてもらう。敬太郎の適性を探るためなのか、田口(須永の叔父)は、奇妙な依頼をする。それが、ある男を尾行して調査してほしいという内容だ。敬太郎は素人なのに探偵さながら(いやいや初心者丸出しで)尾行を進める。

 

偵を終えた翌日、夢心地になった敬太郎の心情描写が印象的だった。また、結果報告の際の敬太郎とそれを聞く田口とのやり取りは心理作戦的な応酬があり興味深かった。でも、、探偵小説というくくりではない。やはり漱石作品としか言いようがない。解説で柄谷行人さんは「彼らの告白を引き出す役割をしているという意味では、彼は立派に精神分析医の仕事を果たしている」というのは言い得て妙だ。まさに精神分析小説。

 

半になると物語がしんみりしてくる。というのも須永の陰鬱な独白が長い時間続くのだ。なんとなく『こころ』や、太宰治さん的になってくる。須永と千代子の関係性を巡るこの告白が『彼岸過迄』においてよく紹介されるあらすじだと思うが、前半の探偵もの、後半の独白、二つの物語が一つになっているという印象を受けた。

 

番最初の章がどうにも浮いているというか的外れというか、この章はなくても良いんじゃないかなと当初思っていたけれど、実はこれがかなり効いている。失踪した田川さんと残された蛇の頭が彫られたステッキ。いやはや、このタイトルは『蛇の長杖』にでもしたらいいんじゃないか?

 

しぶりに漱石の文章に触れて思うのが、やはり唯一無二の文体だということ。それにおもしろい。夏目漱石作品を文字通りの「おもしろい」という意味で感じる人はそんなに多くはないかもしれないが、改めて読んで私はとても好みだだと感じた。漱石文学の最大の魅力は「人間の心理や心情が丁寧に描かれていること」だとよく表現される。まさにその通り。特にこの作品には風景描写がほとんどなく人間のことが書かれている。

 

うに、漱石の作品が取っ付きにくいのは、現代では使わない読み仮名や漢字の使い方が多様されているのと脚注の多さだと思う。例えばこんな感じ。

ふと気付く→不図気付く

いよいよ→愈

物好き→物数奇

それでも一旦読み始めると、その格調高い文章にうっとりし、巧みな心理描写に時代を超えた普遍性を感じることは肝要だ。私が伝えるまでもないが、永遠に日本文学の頂点を支え続ける文豪の一人だ。

 

波書店の文庫本も格調高い表紙が良いのだけれど、私はどうしても安野光雅さんの画に惹かれて新潮文庫を選んでしまう。でも筑摩書房の化粧箱入りの夏目漱石全集が欲しいなともちょっと思う。あれは注釈が同ページにあって読みやすそう。とりあえず読んだ作品も含めてまたちびちびと漱石作品を読み耽りたいと思う。

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