
『ビリー・サマーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳
文藝春秋 2024.09.03読了
圧巻の物語だ。やはりキングって桁違いだなと唸らされる。キングの作品は外れが少ないので読む前からどうしてもハードルが上がってしまうのだが、その期待が損なわれることもなく、読み終えるまで興奮冷めやらずだった。
ビリー・サマーズというのは殺し屋。裏社会で殺人稼業を繰り返しているが、ビリーは悪人しか殺さないことをモットーにしている。依頼人ニックからある人物を殺すよう頼まれた。ニックはビリーの身分を偽るために小説家志望の男性の役割を与えて偽装させる。しかしビリーには実はもう1つ別の顔もある。
小説家志望の男(もちろん名前も変えて)になったわけだが、そもそもビリーは根っからの文学好き。エミール・ゾラを愛する彼はゾラ著『テレーズ・ラカン』を持ち歩く。ゾラの小説、読んだことあったっけ?オーウェル著『1984』をはじめ名作が続々と登場し、ガイブン好きならにんまりするだろう。絶対読もうと思ったのがコーマック・マッカーシー著『ブラッド・メディリアン』だ。
ビリーはまだ44歳という働きざかりなのに、どうしてこれが最後の仕事になると仄めかしているのだろうか。私はそこがずっと気になっていた。この小説、本筋でない部分も結構謎がある。
ビリーが書く作中作がこれまたおもしろい。「思うにジョークにはそれなりの真実が含まれていて、だからジョークは笑えるのだろう」(上巻147頁)いや、これってまさに真実を付いている!アメリカン・ジョークなんてもろこれよな。物語と同時進行するビリーの小説は自伝だから真実が含まれている。そう、だからおもしろい。
白石朗さんの世界観ドンピシャの訳は今回も健在だ。アメリカ的なクソ言葉はいつも通り、訳語のセンスにも所々で唸らされた。日本語であれば「指切りげんまん」というところを「小指の誓い」と表現している。訳がどうのというよりも、手に日本独自のおまじない的なものかと思っていたから、これは万国共通なのか。
指令を確実に遂行したのに、ニックから約束の大金が振り込まれることもなく連絡も取れない。果たしてどういうことなのか…。後半はスピードが加速する。特にアリスが登場してからは疾走感が止まらないだけではなく急展開。そして途中から物語の形相が変わり、最後には美しい物語と思える。殺し屋がどうのという出だしからは想像できないようなこの変わりように打ちのめされる。
単行本2段組上下巻というボリュームなのに、キングの長編の中ではかなり読みやすかった。キングの小説は普段文庫本のびっしりした文字を追っているし、今回は文字が多少大きかったからか?いや、そもそもの内容が違うのかな。なんかここ数年のキングは良い意味で人間臭くなっているというか…。
キングの小説を単行本で読むのは初めてだった。文庫本もいまや高価なので翻訳物であればそんなに値段が変わらないから思い切って購入ししばらく眠らせていた。私が読んだキング作品(7割位は読んでいるはず)の中では『IT』と『11/22/63』が好きだが、最近のこういう現実的な作品も良い。『アンダー・ザ・ドーム』と『ザ・スタンド』はまだ読めていないのだが、紙の本は手に入らないようで古書店を探すか電子書籍にするしかないかな…。