
『別れを告げない』ハン・ガン 斎藤真理子/訳
白水社[EX LIBRIS] 2024.08.25読了
済州島4・3事件のことは全く知らなかった。韓国で1948年に起きた大規模な集団虐殺事件のことだ。この小説を読みながら少しずつ把握したつもりだったが、実際には訳者の斎藤真理子さんによるあとがきを読んでようやく理解できたという感じ。この作品については先にあとがきから読んだ方が良かったかもしれない。疎開令と焦土化作戦により、済州島では約9万人が被災者となり死の島となったという過去があった。
日本のすぐそばにある国なのに全く知らない歴史がある。それもそのはず、私たち外国人はおろか、本土の人々にもこの歴史は隠蔽されたままだったのだ。政府が国民に事実を隠す。大きな事件でなくとも、今の日本を見ていると政治の世界ではよくある出来事だ。なんでもかんでも情報過多になっているのに、大事なこと、知る必要があることが隠されるなんて許されない。
この事件が直接的に物語になっているわけではなく、現代を生きる小説家のキョンハと友人のインソンとのやり取りの中で、事件の只中にいたインソンの両親の経験が少しづつ浮かび上がっていく。
全体を通して暗く、遅々として解き明かされる事実に息苦しさやもどかしさを感じた。しかし不思議と美しく静謐な空気も感じられた。吹雪の中、研ぎ澄まされた感性と二人の優しさが読者を包み込む。また、ハン・ガンさんの比喩表現の美しさには目を見張るものがあった。
それにしても白水社のエクス・リブリスは素敵な装幀が多い。所有しているだけでうっとりするこの感覚は紙の本ならでは。新潮社のクレスト・ブックスもこれに近い。ハードカバーなのにハードではない、ソフトカバーとの中間くらいの表紙の紙質もまた良き。