
『テスカトリポカ』佐藤究
KADOKAWA[角川文庫] 2024.07.01読了
単行本がずらっと並んでいるのを見て、この表紙が怖かった。これはなんの話なのだろう、得体の知れない恐怖が渦巻いている気がしていた。文庫になっても同じ表紙だったから少しだけ残念に思った。
テスカトリポカとはアステカ神話の神のこと。作中では「煙を吐く鏡」にテスカトリポカとルビが振ってある。そう、このテスカトリポカこそ、表紙で私に恐怖を植え付けたものの正体だ。もちろん想像上の形であろう。
麻薬密売に臓器売買。普通に生活をしていたら一切関わらない世界が、ここには当たり前のようにある。人を殺すことをものともせず、肢体を切断し臓器を取り出す。猟奇的な場面のオンパレードで、正直なところ、目を背けたくなったし気分が悪くなる場面が多かった。これは映像化はできないよなと思ったり。でもぐいぐいと読ませる筆致のせいで先が気になる。
チャターラは、この世に〈恐いもの〉があることはいいことだと言う。〈恐いもの〉があればそれについて考えることができ、何も怖れていないのは実は退屈だと考えている。確かに、人間は自分にとって苦手な、マイナスになるものがあるほうが思考の幅が広がるのかもしれない。
全体として暴力的で血の匂いが漂っている。その中でもコシモとパブロの関係性だけは救われた。まるで本物の父と子のようで、何気ない会話を交わす2人の時間には確実にあたたかいものがあり、物語の中で唯一といっていい位の安らぎをもたらす。
第165回直木賞受賞作と山本周五郎賞をダブル受賞した作品だ。読み応えはあるが好みがわかれそうで、当時の審査員たちの嗜好が比較的似通っていたんだろうなと思う。それにしても、古代アステカ文明と宗教的な史実を読み解きこのような壮大なクライムノベルに仕上げた著者の手腕には敬服する。膨大な量の参考文献にも驚いた。
直木賞を同時に受賞した澤田憧子さんの『星落ちて、なお』もまだ読んでいない。こちらも文庫化されていたから読んでみようかな。