以下の内容はhttps://honzaru.hatenablog.comより取得しました。


『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』ロス・モンゴメリ|大叔母デシマと従僕スティーブンの痛快なやり取り

f:id:honzaru:20260320230652j:image

『ハレー彗星の館の殺人  老令嬢探偵の事件簿』ロス・モンゴメリ 村山美雪/訳

KADOKAWA [角川文庫] 2026.03.22読了

 

レー彗星が地球に接近した1910年、イギリスの架空の土地が舞台である。当時のヨーロッパでは「ハレー彗星には有毒ガスが含まれており地球上の生物は死に絶える」というデマが本当にあったようで、これを信じたタイズ館の主人は、館を封じ込めようとする。結果的にこれがクローズドサークル的なものとなり、この館でその日に殺人事件が起こるのだ。なんというわくわく感!

 

り手のスティーブンはタイズ館に新しく雇われた従僕で、何やら少年院を出たばかりで謎めいた存在。厄介者の大叔母デシマの世話をするように命じられた。館を封鎖したその夜、館を抜け出してハレー彗星が流れる様を2人で観察をし記録を留めるシーンがすごく良かったなぁ。

 

ょっと変わってておもしろいなと思ったのが、デシマとスティーブンの2人でタッグを組んで推理するのではなく、途中からメイドのテンペランスもそれに加わるところ。泣き虫メイドでデシマの世話役を外されたのに妙に機転が効いて頭が良いのが予想外で…。デシマは探偵役なのだが、ミス・マープルとは違って口が汚くてなんとも豪快。

 

者のロス・モンゴメリは児童書作家とのことで、とても読みやすい。この作品は大人向けとのことだが、スティーブンの視点で語られるから子ども向けの冒険小説っぽくて、また全ての登場人物のキャラが立っているというかわかりやすいから、少年少女が読むのにも全く問題ない。さらに、事件解決後のエピローグの物語のまとめ方がなんとも児童小説っぽいのだ。

 

る意味大人にはちょっと物足りないところもあるけれど、この作品はシリーズとして続くみたいで、どちらかというとこれから先の物語の方が楽しみに思える。イギリスの古典的ミステリーにほど近い雰囲気はあるし、謎解き要素も満載、特にスティーブンとミス・デシマの痛快なやり取り、これがたまらない。

『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子|養女の松恵の視点から語られる

f:id:honzaru:20260317223432j:image

『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子

文藝春秋[文春文庫] 2026.03.19読了

 

み始めて1頁めに「腥い(なまぐさい)」という言葉が出てくる。現代であれば「生臭い」という漢字を使うのに、昔は「腥い」を使っていたのか。月に星という漢字からは到底想像もつかない「なまぐさい」というのが、どうにも不釣り合いな気がして驚いた。現代ものを読むと若者言葉を知ることができるという利点はあるが、昔の作品を読むとこういうのに気づくのが楽しい。

 

知の侠客、通称「鬼政」として名を馳せた鬼龍院政五郎と、実の娘・花子の栄枯盛衰が、鬼政の養女として全てを近くで見てきた松恵の立場から語られる。花子は鬼政の3人の妾のなかの一人、つるが産んだ実子である。

 

イトルこそ『鬼龍院花子の生涯』とあるが、実質の主人公は松恵、もしくは栄華を極めた鬼政だろう。これは山本周五郎著『さぶ』的なものかなと思っていたら、いやはや花子は終盤こそ重要になるのだが脇役もいいところなのだ。それに全くもって魅力がない人物である(加えて花子の母つるも)。それにも関わらずなぜこのタイトルにしたのかというと、そんな人でもなんらかの「徳」をつむことがあるという真理、そしてこの鬼龍院家の没落を描くには、花子の最期をもってしか書き得ないということだろうか。

 

道の妻みたいなやり手の女性は皆無で、この家では男性が権力を振るい女子どもは何の戦力にもならない(というかさせてもらえない)。それでも養女の松恵は聡明で、将来に向けて手に職をつけていく。大人になったら鬼龍院家と手を切っても良さそうなのに、花子のことを放っておけない松恵は心優しくもある。

 

侠もの、ヤクザものは苦手な部類なのだけれど、宮尾さんの手にかかるとこうも文芸臭が強くなり、そうなると途端に夢中になれる。テーマがなんであれ、好きな作家の手で紡がれるとこんなにも違うのか。

 

の粘っこい宮尾登美子さんの文体が大好きで、特に『序の舞』と『一絃の琴』、そして『櫂』から続く自伝四部作は傑作だと思う。有吉佐和子さんの本が令和の今よく売れているようだ(実際におもしろくて私も好きだ)が、宮尾登美子さんももっと読まれてもおかしくないと思うのだけれども。昭和の女流作家最高よな。色々と読み直したくなってきた。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

日光といえばお猿

f:id:honzaru:20260315210042j:image

 このブログでは読んだ本のことをつらつら綴っているが、当初は愛すべき猿のこともたまにはアップしようと思っていた。たまには、というのは、少なくとも半年に1回くらいは。しかしもしや一度もUPしてないかも…。猿関係の本はいくつかあげたと思うけど。

 

 ということで、先日栃木県の日光・鬼怒川を一泊ぶらっと旅してきたのでそこで撮った猿たちのことを。東京からさくっと行ける距離なので気軽な旅行地として楽しめる(今回の一番の楽しみは東武鉄道スペーシアXのコックピットラウンジ!大満足!!)。

 

 日光といえば世界遺産の社寺が有名であるが、猿といえば日光東照宮・新厩舎の「三猿」であろう。写真の左から二つ目に、いわゆる「三猿」、見ざる・言わざる・聞かざるの猿が施されている。良いことだけを受け入れて成長してほしいという意味で道徳的指針となっているらしい。実は猿の彫り物は全部で8枚あって、通してひとつの物語になっている。写真の右奥のぐるりの側面にもあと3枚ある。彫り物としては他に「眠り猫」も有名だが、東照宮のなかでは陽明門が一番見ごたえがあると思う。

 

f:id:honzaru:20260315210747j:image

 鬼怒川温泉駅からバスでほど近い場所にあるのが「おさるランド」である。結構マニアックなテーマパークでここを目当て(メインに)に行く人は多くはないとは思うが、友人に招待チケットをもらったので行ってきた。もちろん猿好きだから嬉しい。日光の猿といえば猿回しで有名な「日光猿軍団」を思い出す(一定の年齢層以上かな)。その「日光猿軍団」は2013年に閉園した(テーマパークの名称だったみたい)が、2015年に「おさるランド」として再出発したようだ。元々猿軍団にいたお猿さんが今もいるのかは不明。

f:id:honzaru:20260315210601j:image

 この園はそんなに広くなくて30分もあればざっと見終わってしまう。ただ、一番の売りは一日に3〜4回開催されるショーなのだ。これを観にくるお客さんが多く、私が観た11時の回も満席だった。「おさるの学校」と称する授業では、猿が算数の問題をクリアするものがあって、そのあとにこの海賊ショーみたいなのがあった。なんというか、大道具小道具が学芸会レベル(きっと経営状況的にお金をかけられないのだと想像できる)なんだけども、脚本がなかなかしっかりしている。笑いがたびたび巻き起こるしお猿たちの芸がすごい。逆立ち歩きをしたり荷物を運んだりとかそういうすごさではなくて、人間のコントみたいなものに合わせる能力が。どうやって習得させたのかと思うし、かなりの練習量なんだろうな。


f:id:honzaru:20260315210558j:image

 小ブースではイベント的なものをいくつかやっていて、赤ちゃん猿を抱っこできる場所があった。一番右側の赤ちゃん猿を抱っこ出来て、そのチビさ加減と温もりにきゅんきゅんした。動物が好きなので、今までにサファリパークに行って赤ちゃん虎、ユキヒョウ、ライオン、オランウータンらを抱っこしてきたが、サファリだと3,000円位はするし待ち時間もうんと長い。なのにここではたったの600円で5分待っただけで触れ合えたのがコスパタイパ良きで満足できた。

 

今回はお猿についてでした。

『赤く染まる木々』パーシヴァル・エヴェレット|本当は「苦しい」だけの話ではないのだろう

f:id:honzaru:20251218074757j:image

『赤く染まる木々』パーシヴァル・エヴェレット 上野元美/訳

早川書房 2026.03.17読了

 

シシッピ州マネーという場所で、ある白山男性が殺害され、その横には黒人の死体があった。ほどなくしてまた別の殺害がおこり、そこにもまた黒人の死体が。しかも、黒人の死体は何故か消えてしまうという怪奇的な現象が起こる。特別刑事やFBIが捜査に乗り出すが…。初めは推理小説の体をなしていたように思えたが、徐々に過去の黒人リンチの歴史が入り組んでいると気付く。

 

なまぐさい衝撃的なシーンが多くて、読んでいて辛く胸が痛くなる。日本人が読んでもおそらく「苦しいな」とかそういう感情だけで、深いところでの理解はなかなか難しいと思う。実際に起きた歴史的事件が絡んでいるということで、本国アメリカ人が読んだら随分と重みが異なるだろう。

 

章が短く改行も多いからか、意外と早く読み終えることができた。実際にテンポが良く読みやすい。なんとなくコーマック・マッカーシーの文体をイメージさせる。約18頁にわたり被害者の名前が書き連ねられた章があった。名前を書くことで被害者が現実のものとなるからだという。一つ前に読んだ金原ひとみさんの『デクリネゾン』のなかの登場人物は「名前には意味がなくて記号みたいなもの」と言っていた。それとは全く違う角度から捉えられていて、どちらも真実であるように思う。

 

ュリッツァー賞を受賞し昨年日本でも話題になった『ジェイムズ』が気にならないわけではないのだが、実は私は『ハックルベリー・フィンの冒険』を読んでいない。さすがにハックを先に読んでからでないと『ジェイムズ』を楽しめないだろうと、この本から手に取った。なかなかに重いストーリーでどんよりしてしまったが、こういう歴史を知ることに大きな意味がある。

『デクリネゾン』金原ひとみ|経験しないと本当の意味では理解できない「老い」

f:id:honzaru:20260310005519j:image

『デクリネゾン』金原ひとみ

集英社[集英社文庫] 2026.03.15読了

 

イトルの『デクリネゾン』ってどういう意味なんだろう。 ネットで調べてみると「デクリネゾン」とは、フランス語における語尾変化のことを指す。調理方法ではひとつの食材を生かすことを意味し、フランス料理の基本的考え方とも言える、とある。なるほど、これで本のジャケットに納得する。そして作中には素晴らしい料理がたくさん出てきて、思わず涎が垂れてしまいそうなほどだ。でもこの小説、基本は恋愛の話だ。

 

人公で語り手の小説家・志絵は、2度の離婚を経験している。今は歳が離れた大学生・蒼葉(あおば)と付き合っている。最初の結婚で産まれた娘の理子と暮らすが、志絵は恋愛体質で色んな男性が登場する(過去の経験も含めて回想での登場)。里子、蒼葉、あるいは作家仲間の和香とひかり、編集者中津川さん、これらの人との会話を中心としてストーリーは進む。

 

んな感情をも言語化してしまう金原さんに改めて感服する。特に友人たちとの女子トークや、娘の理子との会話にのけぞる。こんなにも普段真剣に思いを巡らせて話すだろうか。実際の金原さんもこんな会話を交わしているのだろうか。それとも小説の中だからこそ吐き出しているのだろうか。

 

絵が「生まれて初めて、老人と話したいと思った」という文章を読んだ時、これは老いを感じた人でないとわからない感情だと感じた。その後「老いだけはどんなに言葉を尽くしても小説にしても若い人に伝えられる気がしなかった。そんな話は若い人にとっては迷惑あるいは嘲笑の対象でしかないことも知っていた」と文章は続く。確かに、若いときは自分が歳をとってどんなことに悩むのかが想像できなかったし理解しようともしなかった。老いだけは経験をしないと本当の意味で理解できない。この文章が刺さるのは自分も歳を重ねているからなのだ。だけれども、小説を通してなにかきっかけのひとつに、いつか必ず誰にでも忍び寄るものを想像させることは大切なんじゃないかと思う。そして歳を重ねることには良い側面もあるということを、多くの作家に小説の中にたくさん書いて欲しいと思った。生きること、歳を重ねることの喜びみたいなものを。

 

中に「持たざる者」という単語が出てきて、先日読んだ同名の作品を思い出した。どこかで繋がってるんやね。金原さんの近年の大作『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』や『ナチュラルボーンチキン』と比べてしまうと若干おとなしめかもしれないが、なかなか考えさせられる小説だった。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『10:04』ベン・ラーナー|現代アメリカ的、都会的な佇まいの遊歩小説

f:id:honzaru:20260310005310j:image

『10:04』ベン・ラーナー 木原善彦/訳

白水社[白水Uブックス] 2026.03.12読了

 

気なくパッと開いたどのページを読んでも、それなりにおもしろく感じられる作品だと思う。ストーリーとしては確固たるものがなくて、ユーモアと皮肉と回りくどさが混じり合う文体をぼんやりと楽しむような読み方をするのが良い。タイトルはそのまま「10時4分」と読むのが正解みたい。

 

日読んだゼーバルト著『アウステルリッツ』の雰囲気に近い(時折り挿入される写真がそう思わせるのかも)。また、ところどころポール・オースターのようでもありミシェル・ウェルベックのようでもある。ただベン・ラーナーは現代臭がぷんぷんしていていて、よりアメリカ的な香り、都会的な佇まいがする。何を言ってるかよくわからないという人もいるだろうし好き嫌いは分かれるとは思うが、私はわりあいに好きな方だ。あぁ、でもなんとなく体調が良い時にしか受け付けない気もする。

 

り手の「僕」は、小説デビュー作で大きな評価を受ける。しかし同時に大きな病気が見つかる。そして親友の女性からは精子を提供してほしいと懇願されている。そんな僕を軸にして、のらりくらりと物語が展開する。子どもを持つということについての考察がリアリティがあった。月に一度生協の食品加工部署で働いているときにヌールという女性と話した場面や、マーラから一日ロベルトを預かりアメリカ自然史博物館に行くところが興味深かった。

 

の本は、昨年『トピーカ・スクール』で話題になったベン・ラーナーの長編2作目となる。本国アメリカでは若い頃から詩人として評価されてきたらしい。訳者の木原善彦さんによるとラーナーの作品は「遊歩(フラヌール)小説」と位置付けられている。エッセイや詩のようにたゆたいながら軽やかにゆれ踊いでいる印象を受けた。

honzaru.hatenablog.com

『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン|罪と罰との向き合い方が変わる

f:id:honzaru:20260307164231j:image

『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン 浅井晶子/訳 ★

東京創元社 2026.03.09読了

 

新な角度から書かれたミステリーである。単なる法廷ミステリーではない。人間の内面にある解決不可能なものを浮かび上がらせ、読者を驚愕させ溺れさせる。何が正しいとか間違っているとかではない。法と正義とは、罪と罰とは何なのか。

 

のすごくおもしろくて夢中になって読んだ。物語として優れているのはもちろんだが、私としては何より構成がカッコいいと感じた。久しぶりにミステリー作品で★をつけることができた(★は、超個人的良かった・感動した・好きのマーク)。

 

ルリンに住むエーファは、長年携わった弁護士の仕事を退く決断をする。今までに携わったいくつもの事件のなかから特に重要な事件を回想するという形での連作短編集になっている。全ての短編が極上キレキレで、どれひとつとして未熟な作品はなかった。特に印象深かったのは『生かしておく』『塩』『強姦』である。真実を追い求めるのではなく、法の裁きを与えるために被害者らが改ざんのようなことを図ったり、弁護士が被害者に手を貸したり…。

 

護士の使命は、罰を避けること、依頼人が刑務所に行かずに済むようにすることではない。罪を犯した者の心の重荷を罰が取り除くことがあるのをエーファが理解したとき、物語の形相だけでなく自分の中での罪と罰への向き合い方ががらっと変わるようで鳥肌が立った。本当の意味での優秀な弁護士とは何だろうと考えさせられた。

 

ーファの視点で語られることがほとんどなのだが、時に被害者、または加害者の目線でも語られる。どんな犯罪者でも、99%は普通に過ごしている。ほんの小さな決断、ほんの一瞬の出来事、つまり「暗黒の瞬間」がその人の人生を狂わせかねない一瞬となる。それを許せるか許せないか、法的に赦されたからといって心はどうなのか、なんてことをつらつらと堂々巡りになりながらも考えさせられる。

 

の終わりに所々名前が出るシュテファン・ハインリヒって何者だ!と気になって仕方ない。目次には最後の章にその名前が付けられているから、最終的にこの事件のことが明らかになるんだろう。エーファの過去に何があったのか、何故ここまで彼女は依頼者に深入りするのか、この謎が否が応でも頁をめくる手を止めない。  

 

ーラッハと比較されているみたいだけど、私はシーラッハよりも断然おもしろいと思う!著者のホーフェンは現役の法学者でザクセン州憲法裁判所の裁判官も務めているという。だからこんなにもリアリティがあるんだ。ヒリヒリするサスペンス、知的興奮を味わいたい人におすすめだ。

honzaru.hatenablog.com

『夜空に浮かぶ欠けた月たち』窪美澄|人生に喜怒哀楽は全て必要

f:id:honzaru:20260303005709j:image

『夜空に浮かぶ欠けた月たち』窪美澄

KADOKAWA[角川文庫] 2026.03.07読了

 

「人間は完全な丸じゃないし、誰だってどこかが欠けているもの」(79頁)

というさおり先生の言葉。誰もがいつこんな風になってもおかしくないと思えるような心が病んだ人たちが登場する。それを優しくあたたかい眼差しで寄り添う「椎木メンタルクリニック」の精神科医・旬とカウンセラー・さおり、そして「純喫茶・純」の店主純さん。

 

作短篇集となっている各章ごとに、ゴッホ、ピカソ、ウォーホルなどが描く絵画のタイトルが付けられている。『パイプを持つ少年』という短編に出てくる直也はものを片付けられないADHDであるが、こういう人は周辺にもたくさんいるように思う。一番身近に感じた。

 

くつもの喪失や別れがある。母が娘を思う気持ちや親子の絆のようなものが大きなテーマとなっているように思う。便利なもの、AIで溢れている時代だけれど、人の心をあたたかくするのは結局のところ人間同士なんだと思う。

 

「人生うまくいかないのが当たり前だと思うようにしたんです。そう思い始めたら、ちょっといいことがあったときはすごくうれしい。それをね、日記につけてるんです」(210頁)

先日五木寛之さんがニュース番組に出ていて「辛いこと悲しいことがあるからこそ、喜びを感じられる」という話をされていた。それと同じようなことで、人生うまくいかないことがあるからこそ良いことがあったときにそれに気付けるというか、幸せを噛み締められるんじゃないか。だから喜怒哀楽って全て必要なんだと思う。

 

をたくさん読めば読むほどこういうあったかい作品から遠のいてしまう気がする。込み入った物語や悲劇にのめり込みやすい。私もそうだ。しかし、真っすぐに良い小説というのもなくてはならない。悪人が出てこない(出てきても途中から良い人になる)ハッピーエンドな物語。例えば藤岡陽子さんや瀬尾まいこさんが書く作品のような。

 

むつもりはなかったのだけれど、文庫本が発売されたときにXで白石一文さんがこの作品を推していたから買ってしまった。たまにはこういうほっこりする作品は必要だ。なにやら角川文庫の新しいレーベルらしく、その名も「ほっとひといき文庫」というらしい。心が疲れてしまいほっこりを求めているときに選んでみよう。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

『レイトン・コートの謎』アントニイ・バークリー|どんな些細な情報も読者にきちんと示す

f:id:honzaru:20260304003919j:image

『レイトン・コートの謎』アントニイ・バークリー 巴妙子/訳

東京創元社[創元推理文庫] 2026.03.05読了

 

ょっと考えればわかるのに、読み始めるまでなぜか人が着るコートだと勘違いしていた。おもてなしが好きな実業家スタンワースが今回ホームパーティに選んだのが「レイトン・コート(邸宅)」である。密室で死体が発見されたとか、もう王道すぎるなぁとか思ったけれど、夢中になってしまった。

 

ームズ役のロジャーとワトソン役のアレックの応酬が小気味よい。というか、この2人喋り過ぎなんじゃないか!?ずっと喋ってるのが、さながらコントのようでもありかなり笑けた。なんだろう、この言い回しとか文体がはまるのかなぁ。バークリーは当時の探偵物を批判しているとかで、全体として探偵小説論!なんだよな〜。

 

ういう結末は今であれば驚きはしないのだけれど、当時はおそらく目が点になったろう。しかもバークリーは処女作でこれをやってのけたというのがまた驚きだ。というかなかなか度胸があるというか。これを出版した一年後に、イギリスで一番有名な女性推理小説家の例の作品論争が巻き起こったそうだ。

 

説で法月倫太郎氏がバークリー作品を「愉快な英国探偵小説」と表現してるのは頷ける。フェアプレイ精神を忘れずに、どんな些細な情報も読者に示すということが読み手への敬意に繋がる。こういうのがバークリー作品に惹かれる所以かもしれない。

 

日読んだ『毒入りチョコレート事件』のロジャー・シェリンガムのシリーズのひとつで、実はこちらがシリーズ一作目である。何も知らずに『毒入り~』を読んだのだが、思いの外おもしろくて、他も読んでみようと手にした。それにしてもロジャーがこんなに喋るキャラクターだったとはな。『毒入り~』ではそんなに目立たなかったのにね。

honzaru.hatenablog.com

『人間失格』太宰治|ダメ人間であればあるほど共感し羨望を覚える

f:id:honzaru:20260303005601j:image

『人間失格』太宰治

筑摩書房[ちくま文庫] 2026.03.03読了

 

「恥の多い生涯を送ってきました」という、あまりにも有名な文章で始まるこの作品を読むのは何回目だろう。青空文庫でも読めるけれども、紙の本が好きなこともあるし、筑摩書房から刊行されたこの文庫本の佇まいに心惹かれた。表紙をめくると、初版単行本の表紙と直筆原稿のカラー口絵が付いている。そもそも太宰治作品は筑摩書房から生まれたのか。太宰治文学賞は筑摩だったな。

 

庭葉蔵という人物の手記により、自分がどのように生きてきて、なにをもって人間失格だというのかが語られる。ひたすらダメ人間であることを追い求める。訥々と語る堕落した自己。しかしダメであればあるほど、私たち読み手は共感し、またなんらかの羨望すら覚えてしまうような気がする。自分にも葉蔵と似たようなところがある。そして読んだ誰しもが自分の生きる意味を考える。

 

蔵の元にはなんだかんだと世話をやいてくれる人がいる。人たらしであることに疑いはなく、自伝的作品といわれることからも、実際の太宰さんも相当な人たらしだったのだろう。

 

末にある近代文学研究者の安藤宏さんによる「作家案内」と多和田葉子さんの「解説」がわかりやすく理解が深まった。多和田さんは『人間失格』をカフカの『変身』になぞらえていて、さすがの着眼点だなと思った。どちらが好みかと問われたら三島由紀夫さんのほうが好きだが、太宰作品もふとしたときに読みたくなる。彼の文体から立ち昇る優雅な絶望を感じたい、それに偉大なる日本文学であることは言わずもがなである。昨年の秋、青森の奥入瀬地方を旅して、すっかり青森の虜になってしまった。次は津軽を訪れて「斜陽館」に行ってみたい。

honzaru.hatenablog.com




以上の内容はhttps://honzaru.hatenablog.comより取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14