- 作者: 小林信彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2019/01/04
- メディア: 文庫
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- 出版社/メーカー: キネマ旬報社
- 発売日: 2018/12/20
- メディア: 雑誌
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こんにちは。
本気で本です。
この師走に自分のHD(ハードディスク)に録画してある映画を整理していて、またもや自分はなにをしているんだろう? と自問してしまいました。
映画を観ることは楽しいです。
それは大前提としてあるのですが、いま現在、僕は自分が観た映画の感想をブログに書いたりしています。
それって、僕、なんのためにやってるんだろ?
とかとかまじめに考えると、僕や多くの人が書いているブログの映画記事というのは、お手本とすべき文章というのはあるのだろうか? という疑問にあたりました。
書いてて楽しくて、読んで楽しめれば、それでOKじゃね? というのも、わかるのですが、しかししかし、これは性格的なものですが、自分のしていること(この場合はブログの映画記事)にお手本的なものがないと僕はいささか不安になります。
文章を書く時にはやはり理想とする形だったり、お手本になるものがあった方がやりやすいです。
ブログというワクを外して、映画に関する文章として考えてみますね。
僕の場合、映画に関する文章で一番影響を受けているのは、おそらく作家の小林信彦さんの映画関連の文章と、雑誌、キネマ旬報の記事だと思います。
じゃぁ、それをマネして書けばそれでいいんじゃないの? とも思わないわけでもないのですが、ただ自分が好きなものをマネするだけでは47歳としてはつまらないです。
小林信彦さんやキネマ旬報が文章でやろうとしていることを自分でもしてみたい、僕はそう思います。
で、きっと僕がそうであるように、多くの映画ブロガーさんも、いま人気の町山智浩さんだったり、ライムスター宇多丸さんだったり、雑誌「映画秘宝」だったりの影響を受けながら、映画に関する文章を書いてるんだろうな、と思います。
ただ、2018年のいま現在、映画評論家としてもっとも多くの人に影響力があると思われる、町山智浩さん、ライムスター宇多丸さんは、文章がメインの人ではなく、しゃべりで一番、力を発揮している人たちだと僕は思います。
映画評論もしゃべりと文章だとまた違いますよね。
しかし、映画を題材にした言論という意味では当然、学べる点が多いです。
下に貼った動画の会話の中で、 町山智浩さんが映画を評論する際にしてはいけないこと、しなければならないことを語られています。
映画評論する時は、作品に対する自分の好き、嫌いは意味がない。
映画の出来がいい悪いで評価するのもダメ。
作り手のテーマのよしあしで映画を評価するのもダメ。
作り手がだしている表面上のストーリーを的確に理解すること。
作り手のだしたテーマ自体を理解しておくこと。
これらが大切だと町山さんは言っておられます。
(もともとは映画評論家の蓮實 重彦さんが言われていたことだそうです)
僕なりにまとめると、映画を評論する際に大事なのは、誠実にストーリー&テーマを理解することである、となります。
これには納得です。
最近、1人でうんうん悩みながら、小林信彦さんの映画コラムや小林さんが尊敬しておられる映画評論家、双葉 十三郎さんの映画評を読んで、自分の文章とくらべると、一番の違いは、小林さんや双葉さんは、映画を語る時、その映画のストーリー、テーマをほぼ必ず語っていて、僕はそれを省いていることが多いな、と自分で思ったのです。
おもしろい、読ませる力のある映画評には、ストーリーやテーマを語るのは必須であり、町山さんも言っているように、それを正しく行うことは映画評論の基本である。
プロもみんなそうしている、これらの基本を僕は意識していなかったし、もちろん、できていなかったと思います。
これらを踏まえた上で、映画ブログを書くことで、僕が望むような正道的な映画記事ができるのではないでしょうか。
たかだかブログでなに悩んでんだよ!! と言われても当然ですが、けれども自分が満足できる映画記事を書くために今後も試行錯誤していきます。
40代後半の一映画ファンとして記事を読んでますます映画が好きになるような個性的な記事を目指します。