こんにちは。本気で本です。
息抜きをかねて、自分の人生の中で外せないトピックについて書いてみようと思います。
よろしければ、お付き合いください。
今回は歴史に残る奇形(興行、ルール、試合形式)なプロレス団体UWFの話です。
タイトルにもした上記の動画は、いまから約30年前のプロレスの試合です。
当時の団体の顔だった前田日明と飛ぶ鳥を落とす勢いの若手だった高田延彦の試合です。
高田はこの試合で前田に生涯初勝利をします。
UWFはプロレス団体ですが、一試合一試合の勝ち負けに重きを置いていた団体なので、この勝ちはファンにとっては衝撃で、事件でした。
1988年5月12日に旗揚げして1990年10月まで続いたUWF(いわゆる第二次UWF。もしくは新生UWF)は、僕が一番夢中になったプロレス団体でした。
この団体は格闘技ブームを巻き起こし、ほぼ全興行をソールドアウトにするほど人気で、当時の若者を中心に一種の社会現象にもなりました。
これまでにないプロレス。(これは正しかった気がする)
プロレスから生まれた新格闘技。(生もうとしている過程だった)
世界最強のリング。(明確な強さの物差しがなかったので、実際、UWFがどれくらい強いのか誰にもわからなかった)
最強の男、新格闘王前田日明。(これも物差しがないし、新格闘王というのもあくまでプロレスマスコミ&ファンが呼んでいたに過ぎない)
などなど、いまになってみると事実とはいろいろ違うのですが、マスコミや観客、ファンを熱狂させて熱い空気を作りだしたのは、まぎれもない事実です。
僕は当時、空手をしていましたし、柔道経験者でもあったので、格闘技の試合として見るとUWFは灰色ではあるけれども、プロレス(厳密に勝敗を競う競技ではない格闘パフォーマンス)として考えると、「当時の日本の他のプロレス団体よりは、はるかにスポーツ格闘技寄りなことをしているし、これは、ひょっとしたら、ひょっとして、ここからこれまでにないナニかが本当に生まれるのかも知れない」と思っていました。
スポーツ格闘技とは、ボクシングや柔道のように世界的に認められた公式ルールがあって、それにのっとって勝敗が競われている格闘技のことです。
30年後のいま考えると、UWFがなければ、K1も、プライドも生まれなかっただろうし、そもそも総合格闘技などという奇妙な言葉が一般に広まることもなかった気がします。
いま全世界にいるアマチュア総合格闘家が自分たちの祖先がUWFというプロレス団体だと自覚しているかどうか、僕にはわかりません。
ただ彼らがいまUWFの試合を見ても、これは似てはいるけど、総合格闘技の試合ではないと断言すると思います。
たしかに、いま見比べるとあきらかなように、UWFは総合格闘技ではありません。
かといって、
ロープワークなし、
3カウントなし、
反則攻撃なし、
場外戦なし、
トップロープにのぼるのも禁止、
タッグマッチなし、
試合はシングルのみ、
チャンピオンなし、
ベルトもなし、
乱入&マイクアピールもない
のUWFは、奇形すぎて、プロレスとも呼びにくい代物です。
やはりUWFはUWFとしか呼びようのない試合を提供していた団体でした。
上に赤字で書いたもろもろがあるからこそ、プロレスはプロレスであり、観客も盛り上がるのに、それらをすべて否定してしまってUWFは一体なにをやろうとしていたのか?
それはつまり、プロレスをベースにした無差別級の総合格闘技団体を創設しようとした試み、とまとめられると思います。
格闘技術としては、日本でプロレスの神様と呼ばれていたカール・ゴッチ経由のランカッシャー・レスリング(テイクダウン、固め技、投げ技、関節技、絞め技など)と新日本プロレスの道場でつちかわれてきたセメント(シュートととも呼ばれる)の技術がベースで、それを競技化へと進めようと考えた上で、日本初で独自の試合ルールを持ち国際的武道団体とまでなった極真空手等を参考にしていたと思われます。
UWFと極真空手の競技としての共通点は、どちらもそれぞれ、古来から伝わるレスリング、空手に十分に敬意を払いつつも、できるだけ使用する技の制限を外し、基本的に、無差別のノックダウンルールでわかりやすく勝負をつけよう!! という姿勢です。
UWFも極真も「細かいことはおいといて、強い者同士が正面からやりあう」と言うのが前提にあります。
たしかにUWFはそのロマンを観客に感じさせる試合を提供していました。
結局、商業的に大成功したにもかかわらず、団体が短期で解散してしまったのは構成メンバーたちの人間的な不和が原因であり、それについての本も、現在では多数出版されています。
現在、47歳の僕が、UWF解散の内幕的な本を読むと、失礼ながら、当時はみんな若かったんだなぁと思います。
あらゆる意味でもっと金儲けに重きを置く、狡猾な人物が組織の中心にいれば、団体としての繁栄は長く続いていたのでは、と感じます。
本当にif(イフ)の話ですが、大人な経営者がうまく舵取りしていれば、UWFは現在も存続して、いまの世界で一人勝ちしているプロ総合格闘技団体UFCのような存在になれたかもしれません。
いまさらですが、もったいない話ですね。
UWFの話をするといまだに止まらなくなってしまいます。
ほぼ月一の興行で、所属選手も10人足らず、満員でも観客2500人程度の後楽園ホールでスタートして、わずか1年半後には東京ドームに6万人超を集める人気ぶり、こんなに急速に人の心を掴んでいったプロレス団体は、今後もきっとあらわれないでしょう。
いま、話題になっている新日本プロレスの毎年恒例の1月東京ドーム大会も、UWFの東京ドーム大会に比べたら、全然、お客さんが少なかったりします。
まるでロックバンドみたいですが、UWFが築いた興行的な伝説は、いまだ色あせません。
プロレスのチケットが毎大会、発売、即完売して、おしゃれなパンフが作られてプロレスに行くのに、アーティストのライブに行くみたいなわくわく感があったあの時代がまたこないかな、といまでも僕は思っています。
いつかまた女房とこじゃれた感じのプロレスデートしたいですね。

動画の試合の会場で当時販売されていたパンフの表紙です。
失礼します。