
3月1日に卒業式を迎えた。
1年生から3年間持ち上がった学年だった。
ありがたいことに、うちのクラスは12月までに就職、公務員、私立大、国立大の推薦、専門学校と、それぞれ頑張り、第一希望の進路を決めてくれた。
そのため、ちょっと卒業式まで期間が空くので卒業式まで生徒の気持ちが高まっていくのかな?と疑問に思っていた、自分自身にも。
クラスのアルバムを作ろうと1月から材料集めをしていた。
また学年では生徒が決めた歌を、卒業式で歌うことが恒例になっており、
1月末からの家庭学習期間に各自で練習することになった。
ちなみに歌はRADWIMPSの「正解」だ。
家庭学習の期間に入り、生徒と別れた。
うちのクラスの生徒はすでに進路が決まっていたため、家庭学習と言っても大学からの宿題や自動車学校、新生活の準備くらいだった。
僕自身は気持ちも高まらず、アルバムも歌の練習もあまり取り組んでいなかった。
今になると別れを避けて考えないようにしていたのかもしれない。
2月の中旬に登校日が1日あり、歌の練習や新生活についての話などを行なった。
みんなあまり歌を覚えておらず、声も小さかった。
歌の練習をしっかりして良い卒業式を迎えようとみんなと別れた。
久しぶりに生徒に会うと急に卒業への寂しさが出てきた。
その日をきっかけに自分の中でスイッチが入り、通勤時間の車の中で卒業式の歌を1日10回以上、音源に合わせて歌って練習し、校歌も練習して3年目にして始めた完璧に暗唱できるようになった。
クラスのアルバムも10日間、数十時間かけて編集した。
昔は動画を作ってDVDにしていたけれど、最近はクラスの思い出の写真をもとにアルバムを編集し、印刷業者に入れて冊子にして配っている。学校の卒業アルバムに載せられない、普段の様子の写真にセリフを入れている。
卒業式への自分の気持ちの高まりを感じた。
卒業式前の2日間は覚えた歌の勢いで、生徒を盛り立てた。
教師が覚えてないと生徒をけしかけることはできない。
うちのクラスの生徒も頑張って練習してくれた。
もうすでに泣いている生徒もいたけど。
卒業式当日の朝のロングホームルームでも、声出しも兼ねて歌った。
卒業式は順調に進み、うちのクラスの生徒会長が答辞を読みながら
男泣きする姿にクラスの半分以上の生徒が頭を揺らして泣いていた。
(もっといたのかもしれないが僕の席からはよく見えなかった)
僕も釣られて泣いたし、うちのクラスが来賓席の真ん前だったので来賓も釣られて泣いた。
続いて、歌を歌うときは指揮者である生徒会長がわざとよろけて見せたり、
フリを大きく見せたりしてクラスの生徒を笑顔してくれ、
みんな泣きながら大きな声で歌っていた。
良い卒業式だった。
クラスの最後のロングホームルームを向えた。
一人一人が一言ずつ挨拶をした。
僕は絶対泣きませんと宣言していた生徒が自分の順番が来る前にすでに大泣きしていて、みんな爆笑した。
今回は秘密兵器を用意した。上の画像の切り枝の桜だ。
1週間前に子供が参加した市民マラソン大会の帰りに温泉施設に寄ったら、
売っていた。まだ、枝ばかりだった。
何とか、卒業式までに花をつけてくれと、外に出して日にあてたり、水を変えたりと世話をした。急な春の暖かさも合わさって、卒業式の前々日の夕方に咲き始めた。
卒業式当日は画像の半分くらいの数が咲いた。
最後の話はその桜にまつわる話をした。

この数日、枝のままだった。蕾は出てきたけど、なかなか咲かなかった。
同じ桜でも枝のままでは感動がないし、蕾でもちょっと弱い。
でも桜の小さな花がわずか10輪くらい咲いただけで春の訪れと喜びをこの教室全体に広げてくれる。
桜全体の数%の花が桜だけでなく、教室全体に幸せを与えてくれる。
みんなにもそんな存在になってほしいと。
今、社会では暗いニュースが溢れている。
でも、みんなが夢や目標を持って、追いかけ、努力して輝いて、
そして周りの人たちを元気づけたり、笑顔をあげられたら
人間としてこれだけ幸せなことはないかな。
と伝えた。
最後に撮ったクラス写真はみんな顔を赤らめ、笑顔の良い表情をしていた。
学校の先生は苦労の多い仕事であって、いろんなニュースが出ているけれど、
こんな姿を見られたら、とてもやりがいのある仕事だと思う。
大きなトラブルもなく(ちょっとはあるよ高校生だもの)、
それぞれの個性を認め合い、3年間1人も欠けることなく、全員で卒業できたことも嬉しかった。
残りの3月は腑抜けになりました。
卒業しちゃうと毎朝のショートホームルームや掃除指導、総合的な探究の時間も、ロングホームルームも学年会もなくて、授業が完全にない日もあって、部活だけしに来ているのかと思ってしまう。特に今回は国公立大学の後期入試の実技指導もないので。
最近は、あたかも異動(転勤)が決まっているかのように美術室の大掃除に取り組んでいる。