物体・エネルギー・情報
物体と物体が相互作用する時*1、物体が持つエネルギーの交換が発生する。これはエネルギーが物体を乗り物にしているとも言えるだろう。ではエネルギーには何が乗っているのかと考えてみた時、情報が乗っているといえそうだ。
例えば人間が発する音声は、音波が持つエネルギーに変調をかけて情報を乗せたものだ。その音声を使って電磁波に変調をかけて遠くまで飛ばして、電磁波に加えられた変調から音波に加えるべき変調を取り出して音声を再構成することもできる。この辺りを突っ込んでいくと量子情報に辿り着くかもしれない。
上記は私の数学の師匠から聞いた話だ。師匠は私に次の問題を出した。
- では情報を乗り物としているものは何だろう。
- また物質が乗り物としているものは存在するのだろうか?存在するなら何なのだろう。
前者への私なりの回答は『価値観』だ。
『みにくいアヒルの子』の定理というものがある。これは全ての述語が同じ重みを持っているとしたとき、全ての述語の類似度が同じになるという定理だ。もう絶版だけど岩波文庫の『認識とパタン』に証明が載っている*2。つまり分類を行うためには価値観によって述語に重みをつける必要がある。
『価値観』は非常に恣意的なものであり、多数の『価値観』がパラレルに存在する。例えば海の生き物として、喰えるかどうかという価値観に基づけば、クジラは喰えるということになるし、魚類かどうかとなれば、クジラは魚類ではない。分類ですら『価値観』という恣意的なものを必要とするのは、論理の貧弱さの1つの現れだろう。そして『価値観』は公理に相当するだろう。
師匠が出した問題の後者は、今のところ生命と考えている。ならば、生命体の中で生命を維持するために、生命→物質→エネルギー→情報→価値観→生命というサイクルが構成されているのかもしれない。