東坡食譜
先日『運を乗りこなすには』のエントリで引き合いに出した『王様の仕立て屋』シリーズの著者である大河原遁さんには『東坡食譜』という著作がある。これは東坡肉の考案者として伝わってる北宋神宗の時代の政治家で詩人*1であった蘇東坡が流刑先でも食を通じて庶人を教化して行く様を描いたマンガだ。登場人物の一人に沈括が出てくる。前掲書では沈括をこう紹介している。
沈括は延州にあって度々西夏戦で武功を挙げましたが元豊五年 三十万の西夏軍に抗し切れず敗退その責を負い蟄居を命ぜられます
以降半隠居状態となり「天下州県図」や「夢渓筆談」の著作に没頭し中国科学史に大きな足跡を遺します
私はこのマンガを読むまで沈括が県知事として武功を含めてかなりの業績をあげたことは知らなかった。ただの文人だとばかり思っていた。しかし六壬者なら沈括という名前と『夢渓筆談』という書名は記憶に留めておいた方が善い。現在、標準的な『節月の切り替わりは二十四節気の正節、月将の切り替わりは中気から』というのは、夢渓筆談から始まっているからだ*2。
中国天文学は地球の歳差運動については割と早くから知っていたものの、それを暦法に組み込むのは非常に遅かった。沈括の時代の前、唐の時代には節月も月将も正節で切り替わっていたことは、安倍晴明の『占事略决』にも反映されている。その後、多分、紆余曲折があっただろうけれども、『夢渓筆談』での『節月の切り替わりは二十四節気の正節、月将の切り替わりは中気から』に落ち着いたという所だ*3。
もっとも『夢渓筆談』自体は雑多な随筆録で、沈括が延州知事時代にあったこんな面白い話も載っているそうだ*4。
- 北宋に敵対していた西夏の軍が延州の小さな砦を攻めた。その軍は西夏の梁太后直属の精鋭だった。
- 沈括は自ら軍を率いて救援に出たが砦に閉じ込められて包囲されてしまった。その砦の食料は乏しい上に水に毒を入れられていて籠城戦も無理だった。
- そこに首都開封から軍に同伴してきた娼妓を束ねている遣手婆が「自分に任せてくれ」と申し出て来た。
- 実は梁太后は娼妓の出で、その遣手婆は梁太后の娼妓時代のことをよく知っていた。
- 西夏の幼帝の母である国母の娼妓時代の閨での秘技を、その遣手婆は城壁に立って包囲軍に向かって大声で語り始めた。
- 包囲軍は直属の主で国母である梁太后のプライベートな秘密を知ることがどんなに危険なことか理解していたので、聞かされるのは堪らないと包囲を解いて引き上げた。
ということで、遅まきながら『夢渓筆談』の文庫本3冊をAmazonで発注した。
この蘇東坡や沈括の時代のすぐ後に梁山泊の豪傑が官軍と戦う時代がやってきて、次いで『靖康の変』で北宋は滅び南宋としてなんとか生きのびる時代がやってくる。
ところで話変わるけど、安倍首相夫人の安倍昭恵が『国母として生きる』とか言ったんだって?日本で国母と言えるのは皇太后しかいないと思うけどねぇ。何時の間に安倍昭恵は皇太后を僣称するまでに偉くなったんだね。皇統の乗っ取りを企んだ足利義満でさえ望んだのは『准三后』だぜ。これに対しての批判が右翼方面から全く乏しいように見えるのはどういうことだね。明治帝5世の孫が御自慢の竹田恒泰氏とか、これについて黙ってちゃいかんだろ。