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『わんだふるぷりきゅあ!』第50話 ず~っとわんだふる!

 スバルはガオウの言葉を聞く。気づかなかったが、ずっとそばにいたのだ。しかし言葉をかわせる時間はもう残っていない。その時、キュアワンダフルが……


 戦いのしめくくりを前半で描き、後半で戦いのない日常を描き切った最終回。成田良美シリーズ構成の脚本で、若手演出家のフルヤヨウコがコンテと作画監督に内田陽子らと共同で入る。
 次回作を予告する作中描写はネット配信でアイドルライブの姿を見るくらいで、作品のひきつぎはED後のプリキュア同士のあいさつで描かれた。販促ノルマだろう変身シーンもなく、戦闘もない。
 そして滅ぼされたオオカミの代表として、ガオウはわだかまりがあることは明言しつつ、仲の良い人間もいたおかげで恨みはないと語る。あくまで幼児向けに飲みこみやすくしているが、きちんと一線は引いた。
『わんだふるぷりきゅあ!』第49話 あなたの声 - 法華狼の日記

絶滅動物はスバルという個人をうらんでいないという文脈にしたことで、あくまで守れなかった人間側をうらんでいないという展開になった。あつかえかねない争点の回避ではあるが、最低限の誠実さは感じられた。

 プリキュアはひたすら敵側のドラマを横でささえるだけ。まさにペットの立ち位置のようだし、ささえる役割も犬のこむぎがほとんど受けもった。基本的に人間は傍観者であり、ザクロの尊さに猫屋敷まゆが感極まって泣くあたりキャラクターが生き生きしていて笑った。


 そして戦いが終わった後はプリキュアへ変身する力はうしなわれ、ニコガーデンとの往来も許されない。こむぎもユキも人間に変身したり言葉をかわす力を失った。少しのさみしさを残しつつ、いろはたちの新しい毎日がはじまる。
 その言葉をかわせない一般的なペットらしい描写がよくできていたからこそ、ふたたびこむぎたちが人間の言葉をつかえるようにはしないでほしかった。言葉をかわせるならかわせるべきだが、かわせなくても相手を大切にできるという結末にはできなかったか。ペットを実際に飼う幼児たちにとっても、言葉をかわせないことは問題ではないと語りかけるべきではなかったか。
 もちろん感動的な悲劇を否定することも『プリキュア』の通例で、『魔法つかいプリキュア!』の別離からの再会は好印象だった。しかし作品によっては単純に悲劇を矮小化しているだけだったり、テーマと相性が悪い時もある。
『魔法つかいプリキュア!』第49話 さよなら…魔法つかい!奇跡の魔法よ、もう一度! - 法華狼の日記

今作での再会は物語のテーマをそこなうことがない。孤独をいだいた主人公が力をこめて何度も願った「マジカル」による「ミラクル」だ。

 今作は甚大な悲劇ではなく元にもどっただけの微妙な哀しさをうまく表現できていたとは思うが、絶滅動物やペットロスに踏みこんで死を回避することはできない世界観に能力の再獲得展開はあわない。
 いったん言葉を獲得した設定はファンタジーだから制作者の匙加減で描写を変えられるとはいえ、たとえばペットが人間よりも先に老いて身体能力を失っていくアナロジーのようにも演出できただろう。マスコット的にデザインされているこむぎたちを、本来のパピヨン犬のように描写するような挑戦を見たかった。

 最終回単独で見れば悪くない、むしろ楽しさも悲しさもうまく配分され映像もよくできた内容だったとは思うし、幼い視聴者に悲しさをつきつけることが必ずしも良いとはいえないが、やはり結末は惜しさを感じた。


 最終回なので全体の感想も書いておく。とはいえ、良くも悪くも薄味で、あまり展開を急がない作品だっただけに、基本的に過去の感想で書いてきたことと変わりない。
 対話することの大切さを描いた作品と考えると、とてもよくできてたと思う。これまでシリーズでさけてきた恋愛を正面から描いて、説得的かつ魅力的に関係の進展を描いた。告白回を2024年の話数単位ベストテンに私選したほどだ。
話数単位で選ぶ、2024年TVアニメ10選 - 法華狼の日記

きちんと思いを言葉にしようと努力して相手を傷つけないよう慎重に距離をはかるストーリーと、それを正面から美しく描ききったスタッフがまぶしかった。

 プリキュアが戦わずに抱きしめるように敵を浄化するコンセプトも、意外とバラエティあるアクションで飽きさせなかった。暴れまわる爽快感はなかったが、走りまわって逃げる描写を多用することでアクションで画面が動きつづける良さがあった。
 一方でペットテーマの作品としては甘かった。ペットロスの痛みなどは描かれたし、主人公たちが飼っているペットが拾ったもので当初は凶暴だった描写などは印象的だったが、良くも悪くもペットを飼う子供の視野にとどまった。生体販売の是非などの現代的な問題意識は最後まで描かれず、ペットをもとめて苦しめたり家畜を飼育することなどの社会構造の枠組みは最後まで問われないままだった。
 後半の絶滅した動物による人間への恩讐は描かれたが、それもあくまで動物と向きあえた個人のドラマとして完結し、その個人の思いが社会へ波及する可能性に言及することが限界だった。無理なく物語に組みこめそうな生物的多様性への言及はまともになかったし、酷暑を描いたエピソードでも気候変動は言及されなかった。
『わんだふるぷりきゅあ!』第26話 暑すぎてヤバい! - 法華狼の日記

それなりにペット事情に真面目にとりくんだ内容にはなっているが、想定する視聴者の年齢層をしぼったゆえの限界を感じる内容だった。ガルガルの卵が駐車場の熱い排気ガスのなかで孵化する描写を入れながら、二酸化炭素による地球温暖化への言及もまったくない。

 しかし、あつかいきれないテーマを組みこもうとして破綻するよりも、幼児向け商業作品なりに動物の尊厳を描こうとした作品だったのかもしれない、とも思う。絶滅動物をメインテーマにすることが明かされたのは第23話*1で、敵組織としての登場は第29話*2と遅かったが、最終回までに敵のドラマは過不足なく消化できていた。


 思い返すと、良くも悪くもシリーズ前作の『ひろがるスカイ!プリキュア』と好対照な作品だった、といえるかもしれない。同じようにテーマの登場が遅くても、今作は薄めて消化できていた。
『ひろがるスカイ!プリキュア』第50話 無限にひろがる!わたしたちの世界! - 法華狼の日記

カイゼリンのドラマを描きはじめたのは終盤の半クール、先述した第44話以降から。その時点で展開が遅すぎると思わざるをえなかった。

 話の薄さがキャラクターの魅力をひきだす時のもたつきを生んだが、ひとりひとりを大切にあつかって育てていた。他人の恋愛応援で一気に爆発した猫屋敷の楽しさは類を見ない。
 引用を前後するが、『ひろがるスカイ!プリキュア』では映像リソースが必要なキャラクターデザインゆえに本来の魅力が感じづらかった。

現状の東映のリソースでは表情などにキャラクターデザインの個性を出しづらく、逆にいえばリソース不足でも成立するデザインになっていなかった。

 一方で今作はパーツを指示どおりに配置すれば似せやすそうなキャラクターデザインだったし、実際に各話の絵柄のブレも少なく感じられた。
 そこそこリアルなデザインの動物を登場させて、東映アニメーションの能力ではきびしさもあっただろうが、なんとか画面を破綻させず乗り切った。




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