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永江一石ブログからBLOGOSに転載された貧困問題エントリが、全体的に粗雑すぎてつらい

まず、2016年9月に入って、実際のNHK報道を確認していないとしか思えない主張をしていた。
貧困女子高生からの相対貧困論にちょっと物申す

そもそも未成年がテレビに出たいからNHKの依頼を受けて出演した程度だから、そこをめちゃくちゃ叩くのは可哀想だ。

いきなり「テレビに出たいから」という動機を根拠もなくもちだし、擁護する口調で「可哀想」と見下す。そしてNHKの人選が間違っていると結論づけた。

金だけあったら好きなことはなんでもできるは金持ちの特権だが、それを全ての人が求めてもキツいっしょ。つまりはNHKの人選ミスです。

しかし高校生は神奈川県がつくった会議の委員として講演し、それをNHKが取材したという経緯がある。つまり「人選」は神奈川県に責任があると考えるべきだ。NHKがミスをしたとすれば、永江氏のように最低限の確認もできない視聴者を予想できなかったことにある*1
また、アニメーターが仕事として厳しいという主張だけならば、それなりに妥当性を感じなくもない。しかし永江氏の根拠は首をかしげるものばかりだ。

いまやジブリでさえ経営困難な時代、アニメーターの仕事は海外に発注され、しかも技術の進歩で人間のアニメーターはいらなくなってきている。

ジブリが制作部署を解体して人材を放出したのは、もともと宮崎駿高畑勲という二大巨頭のための会社であり、後継者の育成も難しかったためだ。
鈴木敏夫プロデューサーに聞く“現在進行形”の宮崎駿監督とスタジオジブリ | nippon.com

国内での映画作りを中断したのには、いろいろな理由があります。そのひとつが宮崎(監督)の長編からの引退。高畑(監督)も80歳を超えた。何も考えずに若い人を育てて作らせていくだけでは展望が持てない。

また、アニメーターの仕事の多くが海外に発注されることも近年にはじまったことではないし、まだしばらく原画や動画の手描き作業が消え去る様子はない。
もちろん手描きから3DCGへ完全に移行したとしてもアニメーターが不要になるわけではない。高校生が具体的に志望していたデザインは絵を動かす作業に関係なく必要だし、3DCGでも演出意図を反映するために人間の調整を必要とする。
http://tokyo-anime-news.jp/?p=21194

いわゆる動画に相当する部分は、一旦はコンピュータが自動的に処理してくれるんですが、それだけでは不足する部分が出てくるので、アニメーターの手による細かい調整も必要になるんですよ。

そしてそうした技術の進歩は、人員削減につながりつつも、仕事として環境と収入の改善をもたらすと期待されている。
http://tokyo-anime-news.jp/?p=16370

わずか30名前後のスタッフが、8ヶ月で作品を1本完成させるというのは、かなりのスピードですね。ほぼすべての工程を社内で完結させており、通常の現場なら制作進行がやることをスタッフ各自がある程度兼務でき、結果として効率化が図れているんです。

「楽園追放」東映アニメ野口氏とグラフィニカ吉岡氏が裏話トーク TAAF 2016レポート | アニメ!アニメ!

「デジタル作画の可能性は映像面だけでなく、アニメーターの収入を増やす一手になるのではないか」と、グラフィニカがCGによる映像制作をしている理由についても言及。
車輌維持費や燃料費、カット袋の郵送費といった過度な制作進行人件費などを削減しこれによりアニメーターの収入向上を狙う。


それに2016年7月の永江氏は、「自分が一番問題だと思う点」として、子供のいる世帯の生活の苦しさを指摘していた。
2015年の1世帯あたり平均所得金額は541万9000円で中央値が427万円を深掘りしてみた

おそらく一番の負担は教育費なので、学費を国がもっと負担するとか、優秀成績者には返済不要の奨学金制度を設けるとか(先進国でないのは日本だけ。韓国でさえ制度ができたのに)、子育て中の家庭の所得税を免除するとか、待機児童の多い東京と沖縄に優先的に保育園と保育士を増やす具体的な施策を大至急投じるとか、それをやらないと出生率が上がらず、日本は衰退していくわけ。

ただし、この時の永江氏にしても、少子化問題や教育費負担を本気で考えていたとは思いがたい。永江氏は単純に少子化問題だけ主張したわけではなく、「日本は高齢者に優しく、子育てに非常に厳しい環境」と大文字で強調した。つまり高齢者優遇と主張するためにか少子化問題をとりあげたわけだが、具体的に母子家庭の貧困状態を報道されると切り捨てたのは先述のとおり。
しかも永江氏は前後して、個人の趣味嗜好で低所得な人間がいることを主張し、個人の努力で格差が是正されうるかのように話をすりかえていた。

貧乏人は全員が必死に働いても貧乏なのかというとそんなこともなく、全然働かなくて好きで貧乏やってるような人もいます。

先日、スポットのコンサルでお会いした人は高校の時から光通信でバイトしてトップ営業マンで、のちに起業して収入はかなりあると思うんですが、学歴なくてもアウトバウンドの不動産とか中古車とか光通信みたいな営業を死ぬ気でやればかなり稼げる。昔なら佐川のセールスドライバーもそうだった。でもそこまでして頑張りたくないみたいな人が大半でしょ。裸一貫からお金持ちになった人を悪くいうより、自分だってやればいいんだよと思う。

この永江氏の主張は、高所得のほとんどが個人の才覚によるものでなければ成立しない。しかし提示するのは自分が会ったひとりで、その内実も「思う」というだけ。


また、2015年12月の永江氏は、低所得層が非健康的な生活をしていることを批判している。
低所得者ほどデブで喫煙者で歯がないという、血も涙もない厚生労働省調査を深掘り

要するに貧困家庭ではおかずがなくて米ばかり食べてる感じ・・・でも野菜とかそれほど高い訳でも無いから、キャベツ1個買って食べるとかできるのになと思う。

散歩とかも運動習慣のわけで、貧乏になるほどぐうたらになっちゃうのかな・・特に明確なのは歩数で、貧乏になるほど歩かない。

健康に興味がないから煙草吸ってるんだろうし野菜も食べないんだろうなと。

永江氏は、低所得と非健康が相関していることを、個々人の責任による選択の結果としてしか想像できないようだ。所得が時間の余裕や健康への投資や趣味の選択にむすびつく可能性を想定しようとしない。相関と因果の違いを理解できないのか、理解できても自論のために無視しているのか。
かくして永江氏は、低所得からの脱出を個々人の努力で可能なことのように結論づけた。

勘違いしてほしくないのは、別にお金がない人をdisってるんじゃないということ。貧乏からの脱出は、規則正しい生活、食生活や運動、健康にきちんと気を配った生活をすることから始まるってことを言いたいだけです。しごく当たり前のことでしょ。


ふたたび9月の永江氏から引用すると、下記のように主張して、高校生が批判された理由をすりかえていた。

今回の騒ぎで言うと、確かに「相対的な貧困」というのはあると思うし、誰もそれは否定しない。やっと食えてやっと住めるだけの生活が人間らしいかと言えばそうではない。

しかし永江氏は、たとえ「相対的な貧困」の存在を認めても、そこからの脱出を自助努力に求めるだけ。かたちだけ否定しなくても、社会の構造的な問題としてとりくむことを否定する。
そして自分は社会問題で誤情報を流して収入をえようとする。今回の貧困問題に限ったことではない。


いったい社会に甘えているのは高校生か永江氏か。

*1:”貧困女子高生” 炎上の背景に報道側の配慮不足とネットの悪ノリ(水島宏明) - 個人 - Yahoo!ニュースで、元ドキュメンタリディレクターも貧困問題について「テレビで伝えることの難しさや視聴者の反応の予測不能さは記者時代から感じていた」と語っている。




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