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生きる 1952年

いのち短し、恋せよ少女(おとめ)

日本、黒澤明監督 143分

市役所の市民課長・渡辺は30年間無欠勤、毎日、ハンコを押すだけの小役人で真に生きているというものがなかった。あだ名はミイラだった。

ある日、渡辺は自分が胃癌で余命幾ばくもないと知る。絶望に陥った渡辺は、飲み屋で知り合った男と歓楽街をさまよい飲み慣れない酒を飲み、ギャンブルをして、女たちと戯れるが死の恐怖から逃れることはできず、ただ虚しさだけが残った。

そして同居する息子夫婦にも胃癌だということを話すことができなかった。自分の人生とは一体何だったのかと考えると殺伐とした気持ちになってきた。誰も自分の苦しみを分かってくれない。

ただ役所の元職員だった小田切とよ、と再会し、その溌剌さに癒されてゆく。この娘から何かを作ることの大切さを教えられる。そして彼は死ぬまでに何かをやり遂げようと思い立つ。「まだ遅くない」

そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと公園建設に関する陳情書だった。彼は公園を作ろうとする。5か月後に渡辺は亡くなったが、通夜の席で役所の同僚たちが彼の噂話をする。

そして自分たちも渡辺さんのように事なかれ主義をすてて市民のために何かしようと決意するが・・・。

 

死を前にした恐怖と逃れようのない運命が描かれる。そして何よりも官僚主義への批判が痛烈だった。生きる意味を求めての志村喬の鬼気迫る演技は見どころの一つだろう。重厚な戦国絵巻の作品より、このささやかな物語の方が黒澤監督には合っているように思う。




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