久しぶりにやけにリアルな夢をみた。その夢の中で私は、WEB同人誌「写真と文」のカラーひよこ編集長から、自分の原稿の出来の酷さをこっぴどく叱られていた。
「大塚さんねぇ、滑り散らかすのはそろそろ卒業してくれませんか?」
夢の中のひよこ編集長は、お笑い芸人の「なすび」を上品にしたような端正な(?)顔立ちだった。いや、そんなことはこの際どうでもいい。夢の中とはいえ、鋭利な言葉で容赦なく抉られたショックで目覚めた私は、名誉挽回のために新ネタを投稿しようと思い立ったのだ(いや本気で)。ちょうどいい具合に、次の週末には久しぶりに三浦アルプスの南尾根を歩くつもりだった。よし、ネタはこれに決めた。
さて、ほとんどの読者にとっては耳に新しいであろう「三浦アルプス」だが、神奈川県の三浦半島を葉山から横須賀にかけて横断するゆるやかな丘陵地帯のことを指す。誰が言い出したかは知らないが、景気良く「アルプス!」とは名乗ってはいるものの、その道中はずっと100〜200m程度の高度しかなく、誰がどう見たって「三浦の裏山」と呼ぶのが相応しいので、本稿で興味を持った人(いるのか?)は、登山初心者でも安心して足を運んでみてほしい。そういえば、鎌倉の天園ハイキングコースも最近では「鎌倉アルプス」なんて呼ぶこともあるらしいな。
そんな三浦アルプスには、今回私が歩く南尾根の他にも、中尾根、東尾根、南沢、上沢などのコースがあり、要所要所でそのコースが繋がっている。ということで、道中はルート選択の自由度が高く、結果として何度足を運んでも飽きないというのも魅力の一つ(ただ、慣れないとガチで迷うみたいです)。ちなみに、そのルートのいずれもが「乳頭山」という、なんだかセクシーな名称の山を経由しているのも素敵。
ちなみに今回の私が辿るコースは、反対側の葉山方面から南尾根経由でその乳頭山をゆっくり時間をかけて目指そうというもの。いわゆる「焦らしプレイ」ってやつね(何が!)。
登山の当日は幸いにも快晴に恵まれた。東京都内から湘南新宿ラインを利用してJR逗子駅に到着した私は、駅前のバス乗り場から京急バスの「横須賀市民病院」行きのバスに乗り「葉山小学校前」で下車。そこから10分ほど歩いて、実教寺という日蓮宗のお寺の墓地の脇から三浦アルプスへと足を踏み入れた。
実際には2つほど手前のバス停「風早橋」で下車し、葉山教会にある仙元山ハイキングコースの起点から出発するのが王道なのだが、葉山教会への登り坂はブエルタ・ア・エスパーニャのクイーンステージの山頂ゴール並みの激坂であり、さらに仙元山ハイキングコースの途中には、通称「ジェットコースター階段」と呼ばれる200段以上の急階段の登り降りもある(なんちゃってアルプスとは違い、これはガチでジェットコースター級)。久しぶりということもあり、序盤でいきなり脚を激しく削られるのは避けたいため、そこは割愛させていただいたという次第だ。

実教寺から仙元山ハイキングコースに入ると、その途中にある三浦アルプスへの分岐ポイントから観音塚方面に進み、本格的に三浦アルプスの南尾根コースへと入る。20分ほど歩いて観音塚に到着すると、そこで多くのハイカー集団と遭遇した。みんな乳頭山方面から逆ルートでやってきたのだろう。既に山道を3時間以上歩いていることになるわけで、どのグループにも一人は表情を激しく失っている人が見られた。
彼らはきっと事情もよくわからないまま、友人や家族に唆されてこんな山道に連れて来られたのだろうか。いや実際に、この三浦アルプスは初心者向けハイキングコースにもかかわらず、この手の虚無な表情をして歩く初心者以下のハイカーをよく見かける。一人で歩く中年男性とすれ違った数分後に、その奥さんと思しき虚無った中年女性とすれ違うというのは「三浦アルプスあるある」と言ってもいいくらいだ。いくら初心者向けとは言っても、やはり最低限の体力や心の準備みたいなものは必要なのだろう。

悲喜交々な観音塚を後にして1時間ほど歩くと、正午を迎えたこともあり座って食事をしている人たちの姿が目立つようになる。一心不乱におにぎりにかぶりつく元気な小学生がいたかと思えば、インスタントコーヒー片手に職場の愚痴を語り合う山には不似合いな中年女性たちの姿も(そういうのは山じゃなくって、近所のドトールとかで済ませなさい!)。
すると、今度はどこからか良い出汁の香りがするではないか。香りの元を探してよく見ると、山中でうどんを美味そうに啜っている豪の者が。それもインスタントのカップうどんではなく、キャンプ用の小型ガスコンロを持参し、生麺のうどんをその場で茹でるという本格派だった。しかし、三浦アルプスがそこまでやるほどのガチな山なのかと考えると、うどんを茹でるのはちょっとオーバースペックな気もする(他人のやることにイチイチ口うるさい嫌なタイプ)。
ちなみに私は食事をするとすぐに便意を催すタイプなので、こういうハイキングの最中では殆ど食事を口にしない。さすがに最低限の行動食は持参しているが、結局は山を登り終えてからトイレのある公園などに辿り着いてから安心して食べるというパターンがほとんどだ。特に今日はハイキング客が多いので、野糞のチャンスは皆無といっても過言ではなさそう。人前で脱糞するという屈辱と引き換えにしてでも摂りたい食事など、私には無い。

食事も摂らずにさらに2時間ほど歩くと目的の乳頭山に到着。鎌倉の番場ヶ谷で騙されたのと同じタイプの鉄製階段を登るといよいよ山頂だ。艶やかな名前とは異なり色気の欠片もない山頂だが、天気が良いので遠くに横須賀の海が見えるのがせめてもの救い。
ただ山頂は風が強く、しばらくすると体も冷えてきたので、さっさと離れて次のコースをどうするか考えることに。いつもだと田浦の梅園へと向かってから、JRの田浦駅を目指すのだが、まだ時間も体力も残っているので、一度しか足を踏み入れていない東尾根経由でJRの東逗子駅方面を目指してもいいかも知れないなどと考える。

とそこで、三浦アルプスの中でまだ未踏のルートがあるのを思い出した。それは畠山を経由して安針塚方面に向かうルートだ。ということで乳頭山の山頂から三国峠の分岐まで戻り、畠山方面に足を踏み入れることに決定。この畠山方面へのルートだが、高度感たっぷりの馬の背道を歩いたり、岩場をよじ登ったりの連続と、これが結構な難コース(これまでのコースとの難易度の比較です、あくまでも)。途中からほとんど誰ともすれ違わなくなったのもまあ当然といったところ。
さらに途中、高圧線の鉄塔の下に辿りついた時点で、そこから先の道が見つからなくなるアクシデントが。そういえば、番場ヶ谷で道迷いした時も、最後は鉄塔の下にたどり着いたっけか、こいつはちょっと縁起が悪い(ちなみにあの時の鉄階段、鉄塔のメンテナンスをする人用に設置されたものだった模様)。
ここまで来て遭難かとも思ったが、細い一本道がずっと続いており、さすがに途中で分岐を見落としたとも思えない。すると生い茂った薮に隠された登山道を発見。ホッと胸を撫で下ろす。

そこからさらに1時間ほど歩いてようやく畠山の山頂に到着。すると、超がつくほどのマイナーなスポットにも拘らず、先客を一人発見した。見た感じハイカーではなさそうな初老のおっちゃんは、釣り竿のような長いものを持って海の方をじっと見ていた。
いくらなんでもここから海まではさすがに遠過ぎだろうと思い、よ〜く見直してみると手に持っているのは釣り竿ではなく、なにやらアンテナのようなものだった。今流行りのドローンでも飛ばしているのかと思えばそうでもなさそう。改めてよ〜〜く見てみると、どうやらアマチュア無線の受信アンテナだった。
そして、おっちゃんの視線の先には海自のイージス艦の姿。もしかして、海自や米軍基地の情報を伺っている北の工作員とか? だとすると、私は存在を気づかれた瞬間にサイレンサー付きの銃でパキューンと撃ち殺されてしまう。いや、もしこのおっちゃんが一流のスパイであれば、私の気配には気付いてないはずがない。そうなると、慌てて逃げるよりも、むしろ何も気づいていない無邪気なハイキング客を装ったほうが安全なのかも知れぬ。

「あ〜、やっぱ畠山はサイコー!」とか、心にもない言葉を口にしながら山頂の木の枝に吊るされた「畠山」のボードの写真を撮ってみたり。内心は一刻も早くここから立ち去りたいのに、何も気づいてないフリをして、余裕綽々でゆっくりと山頂の空気を満喫した後、おっちゃんの方は決して見ないで、おそるおそる下山を開始する。この時、なぜか心の中で「だるまさんがころんだ!」と唱えていた自分(なんでやねん!)。
山頂から少し離れてたところで一度立ち止まり振り返る。後ろからは誰も追いかけてこなかった。だが、その瞬間に山の斜面から何かがザザザザと降りてくる音がした。「うわ! おっちゃんはそっちから追っかけて来たのか」と観念したが、実際はまるまると太った外来種のタイワンリスが木からすべり落ちた音だった。人間にしては音が軽いと思ったんだよな。
ホッと一息ついてから、塚山公園を目指して再び歩きだす。すると今度はタイガーが大きな口を開けて私を待っていた! ……とは言っても、タイガーはタイガーでもタイガーの炊飯器だったので心配はご無用であった。「お! これはブログのネタになりそうだぞ」と思ってスマホで撮影し、念のためにロゴの部分についた泥を払って、タイガー炊飯器製だということもしっかり確認しておいた(北の凄腕スパイから逃げてる設定はどうした)。

命からがらたどり着いた塚山公園は、三浦安針としても知られるウイリアム・アダムズ夫婦の墓碑が祀られており、多くの樹木も植えられた素敵広場の趣。横須賀市民の憩いの場として予想以上に賑わっており、ここまでくればさすがにもう命の心配は無さそうな気もするようなものだが、畠山山頂のおっちゃんのインパクトが強過ぎて、ここまで来てもやはりすれ違う人がみんな北の工作員にしか見えない!
いや、滑りっぱなしの冗談はこの辺にしておくと、塚山公園は見晴し台からみる横須賀港の景色がなかなかによろしくて、神奈川県の百名所的なスポットらしい。また、春になるとこの公園はさまざまな種類の桜で賑わうようなので、読者のみなさんも桜のシーズンには是非こちらへ! ……と、お勧めしておきながら、駅からのアクセスがあまりよろしくないので、私はもう二度とここに来ることはないだろうなぁ。

塚山公園で持参していた行動食の「一本満足バー」を2本ほど食べたら、もう結構な時間になっていた。ということで、そのまま最寄りの駅方面を目指すことに。とはいえ、どの駅も「最寄り」言ううのも憚られるほどに距離があった。
一番近いのはどうやら京急の安針塚駅か逸見駅のようだが、京急線よりJRのほうが早く帰れるので、頑張って少し遠いJRの横須賀駅を目指した。途中の逸見駅周辺の終わっちゃってる感たっぷりの商店街に心惹かれたりもしたのだが、さすがに疲労も限界に近かったので、寄り道せずに横須賀駅をそのまま目指す。ちなみに横須賀駅のお隣の駅はあの衣笠駅なのだが、そっち方面は帰り道とは逆方向なのでやはり我慢だ、くぅ〜。

ようやくたどり着いた横須賀駅では、スカレーなる可愛らしい像がカレーを抱えて私を待ち構えていた。黄色い嘴がなんとも愛らしいスカレー像、よく見ると夢で私を叱咤激励したひよこ編集長が「おつカレー」などと労いに迎えにきてくれたようにも見えなくもない。だが、冷静に考えるとスカレーはひよこではなくカモメなのだった……と、いい感じでオチも滑ったところで、本稿は終わりとさせていただきたい。
あー、ブログは山と違って、どんだけ滑ってもケガしないからいいよね〜……ってなあ、そのかわり心が大ケガするんだってばよッ!
【アクセス】
JR横須賀線・逗子駅から京急バス・葉山小学校前下車