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ファニーゲーム

 

  • スザンヌ・ロタール、ウルリッヒ・ミューエ

不条理、ではないな。反条理といった感じ。映画の様々な所に置いてある伏線が、期待される方向と逆の結末を迎える。この映画全体が、観客の欲望をコントロールするゲームとしての性格を持っているわけだ。メタ的な画面への目配せや、リモコンによる条理にかなった展開のやり直し等は、まさにこの映画が視聴者の欲望に向けて挑戦を行っていることを示しているわけで。ラストで「ナイフも意味ないんだろうなあ」という予想が当たるのは、まあカタルシスは全然ないけどこの映画を正しく読み取れている証拠なのかなーなんてことを思った。

でもまあ、作品全体は大変不条理なつくりではあるのだろうな。目的はない、意味もない殺人を巡るアレコレ。その状況が語られたとき、人間はそこにどうしても物語を読み取りたくなってしまう……という心の働きが試されているワケか。そこらへんは太い方の過去の偽説明なんかが示しているよな。そういうわかりやすい「条理」に私たちは飛びつきたがってしまうわけで。

変な映画である話は聞いていたけれども、いやー、噂に違わず変な映画であった。が、普通にそういうことを考えられるくらいの難易度の話ではあったのかしら。っつーかそれよりビビったのはむしろこの監督が『愛、アムール』を撮ったことだな……いやまあ、ああいう作品を撮る力がないと、ここまでのディテールは描けないのかもしれないけれど。




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