
石井千湖さんの
「積ん読の本」
を 読みました。
読んだというよりも写真を眺めた感じ。
図書館から借りてきて
そのままこれも積ん読となっていて
いざ返す時になって読んだら面白くて
もっと読みたいと思ったけれど時間切れ。
次の予約の人がいるので延長できず
また今度借り直そうと思いました。
12名の方の積ん読が紹介されています。
※
わあ素敵と思ったのは
角田光代さんの書斎の壁一面の本棚。
まだ空いているスペースもあって
棚板の一部が丸く出ていてそこに小物も置ける。
もしワタシが自分の家を持ったら
書斎というか本の部屋を作りたいと思ったことがあったけれど
今はもう家を持つ夢は捨てて
持っている本も減らそうとしている。
でも
新刊書店の回転がすごく早いから
もう二度と出会えないと思って本を買ってくるというのは
とってもよく分かる。
本はナマモノみたいに時期を逃すと出会えないものも多いし
一度手放すと再び出会うのが難しいものもある。
だから興味を持った本は手に入れて
とりあえず自分の手元に置いておくというのは分かる。
まあそれだけの空間と資金があればの話。
角田光代さんはほとんど同世代で
仕事をリタイアした後のお楽しみが積ん読になっているって。
リタイアした後って
もしかしたら本を読むこと自体が難しくなっているかも。
老眼とか体力とか・・・
まあワタシなんかとは興味の幅も深さも違うから
そういう心配は要らないのかもしれない。
※
書店の主の辻山良雄さんの自宅の本棚も紹介されていました。
書店には本がいっぱいあるのに自宅にも本棚があるんだな。
まあ考えてみれば書店の本は自分のものではないものね。
「本がここにあるということは
<自分じゃない人の世界がここにある>ということだと思います。
その世界が存在して、
好きなときに手に取れるならば今読む必要はないかもしれない。」(辻山良雄さん)
そうそう手に入れるといつでも読めると思ってそのままにしてしまう。
※
国語辞典編纂者の飯間浩明さんのリビングの本棚は
国語辞典がいっぱいで
外来語・類語の辞書なども何種類もあってすごいなあと思いました。
言葉ハンターとのこと。
もうこの世の全ての字が書いてあるものを集めたくなっちゃうだろうなあ。
「私は、本の内容そのものを愛しているんです」(飯間浩明さん)
積ん読って明治時代からある言葉なんですって。
今書籍のデータ化に取り組んでいるそうで
せっせと自炊(電子書籍化)しているそう。
データ化で空間に空きが生まれるけれど
持っている本はいっぱいある。
※
作者の石井千湖さんが
本が本を連れてくるという言葉はその通りだと思うし
読みたい本がたくさんあるのは幸せなこと
にもその通りと思う。
※
私の場合は積ん読する空間はないから
図書館を自分の書斎だと思うことにします。
読みたい本があるのはしあわせ。
時間もあるのもしあわせ。
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