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NHK夜ドラマ『ひらやすみ』


NHKの夜ドラマ『ひらやすみ』が毎日の清涼剤である。真造圭伍による原作漫画が大傑作なのはもちろんとして、その空気感を立体的に浮かび上がらせる完璧な実写化だ。キャスティングがあまりに素晴らしくて、漫画から飛び出してきたような吉村界人のヒデキなんて腰を抜かすのだけども、なんと言っても“なつみ”を演じる森七菜が凄い。軸の定まっていない青年期というやつを体現したかのような、グニャグニャとした身体性と発話。どう凄いかと言うと、登場シーンでの「あ いや~美大なんてただのフリーター製造機らしいですよ〜」という台詞。それを

ああっふうっ、いやぁぁ
なんっ、美大なんて、ただのフリーター製造機らしいですよっ

とやるのだ。言葉にならなり空気のような音をたくさん含ませながら、青春期の照れと謙遜と自虐がごった煮になったようなフィーリングを見事に表現している。身体性で言えば、第3回でのマンガを描いていることが発覚してしまい、ロンTの袖でヒロトを叩いて追い出す際や椅子で悶えている時のヌルヌルとした軟体っぷり。これらは原作にはない森七菜という俳優の動きだ。第7回の友達がてきて、バイト先が決まった高揚感を隠しきれぬままにチャーハンを炒めるアクションを披露するところのグニャグニャっぷりも最高。とにかく抜群のコメディの感性でもって、おもしろくてかわいい人間の、“命の煌めき”みたいなものを発光し続けている。余談にはなるが、2025年は森七菜の役者としての躍進の年だ。『ファーストキス 1ST KISS』『国宝』『秒速5センチメートル』とヒット作で、脇役ながらも確かな演技メソッドで存在感を示している。このまま成長していけば、『ラストレター』『ファーストキス 1ST KISS』と彼女のフィルモグラフィーの重要作において横に立っていた“松たか子”のような俳優人生を歩んでいくのでは。この『ひらやすみ』という作品には、同じく『カルテット』『ファーストキス 1ST KISS』で松たか子と共演している吉岡里帆がいて、さらにはフードスタイリストとしてクレジットされている飯島奈美は『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』といった松たか子の重要作品を担当している。そんなこんなで、この『ひらやすみ』には、いるはずのない松たか子の存在を勝手に感じてしまうのです。主演の岡山天音は、マージナルな場所にいる人を演じることができる俳優として、私の中でとびきりのお気に入りであり、彼の主演作というだけで大きな喜び。ヒロトを彼が演じると聞いただけで、多くの原作ファンがこのドラマの成功を確信したに違いない。



ひらすみというタイトル。ヴィジュアル通りに“平屋住み”であるし、“ひたすらにやすむ”という意味合いも込められているのだろう。主人公のヒロトが休んでいる、というよりも、拒んでいるものはなにか?それは、社会化されてしまうことだ。この作品のコピーには

生田ヒロト、29歳、フリーター。
定職なし、恋人なし、普通ならあるはずの?将来の不安も一切ない、お気楽な自由人です。

とある。この過酷な現代を生きているにも関わらず、彼には不安や悩みもなく、幸せになろうという意思すらない。

はなえ:あんた、今、幸せなのか?
ヒロト:え?うん、ばぁちゃんのご飯めっちゃ美味いよ
はなえ:そういうことじゃなぇよ。もーすぐ30だろ?いつまでも、フラフラしてないで、
    結婚とか定職につくとか、次の段階の幸せってもん考えないのかい?
ヒロト:うーん、あんま考えたことないんだよなあ、幸せとか…
はなえ:…いいね。やっぱいいよ、ヒロト

なつみ:ねぇヒロ兄ってさぁ、なんか…なんか悩みないの?
ヒロト:ないなぁ、悩み
なつみ:えぇ・・・そんな人いんの…
ヒロト:くよくよ考えたってしょうがないじゃん
    あ、でも夕飯はめっちゃ考えるよ
    くよくよしないから

このありようは明らかに、社会から逸脱している。俳優を目指し上京するも、芸能界という競争社会を早々にリタイア。そして、キャッチアンドリリースが原則であるどこか生産性から隔離された釣り堀というバイト先に勤めている。そして、「お前も変わってんな、普通行かねぇよ あんな偏屈ばあさん家」と言われながらも、血縁があるわけでもない老人の家を週に何回か訪ね、夕ご飯を食べる。老人もまた無償でヒロトに食事を提供する。これまもた、有用性や生産性を要求してくる“社会”というものから見ると、完全に逸脱した行為だ。ヒロトには、社会を滑らかに回していくもの、タイパとかコスパに対してのアンチ精神がある。それがわかりやすく表出しているのが、駅のエスカレーターを巡る挿話だろう。

なつみ:ヒロ兄、まじでありえないからぁ
ヒロト:なにが?
なつみ:エスカレーターぁ、歩くほう、止まるなし
ヒロト:なんで?
なつみ:いや、なんでって
ヒロト:急ぐなら、階段を使うがいい!
なつみ:はっ?
ヒロト:エスカレーターってさぁ、よく止まるほうに渋滞してるじゃん?
なつみ:えっ、なに急に?
ヒロト:みんな歩きたくないはずなんだよ
なつみ:それはそうかもしれないけどぉ・・・
ヒロト:そもそも、どっちも止まればあんなに渋滞は起きないんだって
    それを高度経済成長の時の忙しいやつらが、「片側明けるべき」とか言ったから、ああなったの
なつみ:なんでそんなに詳しいの?
ヒロト:調べたの、嫌すぎて

ヒロトは優しいパンクスだ。なんたって日本のパンクの神様である甲本ヒロトの名を冠しているのだから。そんなヒロトと対照的なものとして登場する、タワマン、3万円のジャケット、吉岡里帆が演じる町の不動産屋で馬車馬のように働く立花よもぎ

気楽そうな顔しやがって…忙しく働いてる私がバカみたい

なんなんですか?いっつも、いっつも
みんながみんな、そうだと思わないで…
みんながみんなあなたみたいに生きられると思わないでよ!

社会の歯車であるよもぎは、穏やかながらも反社会的であるヒロトという存在に触れるとイラついてしまうのである。


そんな反社会的なヒロト、というかこの作品がベットしているのは、社会的な有用性や生産性ではなく、“意味がない”とされてしまうような、“小さきもの”や偶然性だ。道端に咲く花とか、歩道橋の上から見える街の傾斜とか、昔プレゼントしたデスクライトを使い続けてくれたこととか、嫌いなものが一緒だったことを分かち合うこととか、上映されなかった自主制作映画とか、たまたまお互いに同じタイミングで食べたいと思った“メガ盛り山分けチーム乗せヤンニョムチキン”とか。もしくは、伏線でもメタファーでもなく突如として現れるシマアジ。このシマアジの意味のなさと、それゆえの豊さ。また、ヒロトとはなえの偶然の出会い、ヒロトよもぎがバッタリと出会いまくる偶然。そういう無意味さに、人生の意味を賭けている。すなわち、『ひらやすみ』は、ほのぼの日常ドラマのようでいて、社会に対する強いアンチ精神が迸っている。社会的でない人間は、まるで“いないもの”のように扱われてしまうこの過酷な現代において、ヒロトのアンチ精神とそれを内包する天使性が、疲弊したよもぎ、そして、われわれ視聴者の心を慰めていくのであります。ドラマはちょうど全体の折り返し。まだまだ日々の癒しとして、楽しませていただきます。




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