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星野源『Gen』-無意味、幸せ、そして、妖怪について-


星野源のニューアルバム『Gen』が素晴らしい。断トツの最高傑作。研ぎ澄まされたその音像について適切に言語化できる能力を持ち合わせていないのがもどかしいのだが、これまでのアルバムから数段に進化を遂げている歌詞とフロウがデリバリーする『Gen』というアルバムのフィーリングみたいなものについて、何か掴み切れないものかと、すがるようにして『SONGS』『あちこちオードリー』『EIGHT JAM』といった星野源が出演しているテレビ番組を注意深く視聴してみる。どの番組においても、「とことん言いたいことはない」「伝えたいことはない」「何にも興味がない」「もういいかな」「どうでもいい」といったネガティブな響きの強いワードが頻出している。しかし、これはすべてを手に入れた男の虚無感、ミドルエイジクライシスといった話では決してない。星野源は、“意味がない高み”という表現の領域に突入せんと、静かに燃え上がっていて、無気力さはある種のポーズと考えたほうがいいだろう。ここで想起されるのが、赤塚不二夫という存在だろう。かねてから星野源が敬愛の意を表明していたナンセンスギャグ漫画の大家であり、今作の「Melody」という楽曲の中でも“ニャロメと観る終末(エンド)”というように、赤塚漫画のアイコンキャラクターを歌詞に引用してみせている。赤塚不二夫の偉業について記述していたらキリがないので、ここでは「私もあなたの作品の一つです」というフレーズでお馴染みのタモリ*1による赤塚不二夫への弔辞を引用しよう。

あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい“意味の世界”から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、“これでいいのだ”と。

「もういい」「どうでもいい」というフレーズが、“これでいいのだ”という肯定に反転する。そして、意味がない高み、というのが、赤塚不二夫が破滅的なギャグで達成していた“意味の世界からの解放”と結びつく。なにより重要なのは、その意味からの解放は、「世界を明るく(≒幸せに)」するということだ。

星野:“意味”が見つかったら“幸せ”になるって、なんとなく思っちゃうけど、“意味”と“幸せ”ってぜんぜん別で、意味を得られても“幸せ”が得られるかは別で。“幸せ”って、もっとなんか適当なもんって思うと、意味がなくても面白い曲ってもっと作れるよな、っていう。

<中略>

若林:たしかに、“幸せ”っていうものを、要素や単純にシンプルに言葉で、「だから今、幸せなんだ」って人に伝わるようにしたくなるじゃないですか。SNSが権威の時代だし。でも、“幸せ”って、なんかふわっとしてますよね。「今、こいつと歩いているこの風、いいね」みたいな感じになっちゃうじゃないですか。


星野:それなんですよね。それしかない、っていうか。帰り道においしそうなお菓子屋さんがあるから、買ってみようかなって買って帰って、家で家族で食べて、「おいしいね」のこの瞬間がマックスというか。

この『あちこちオードリー』にて展開していた“トークにおいても、意味と幸せは結びつかないとしている。彼らの語る、”幸せ“というのは、意味や言語化不能な、曖昧で適当なものであるらしい。

顔上げて帰ろうか
咲き誇る花々
「こんな綺麗なんだ」って
君と話したかったんだ


「喜劇」

たとえば、こんな何気ない一瞬であろう。『SONGS』で語られていたが、これは星野源が家族との深夜散歩の体験を歌詞に落とし込んだものであるらしい。散歩をしていた時に肌に触れる季節の風の心地よさや、ふと顔を見上げたところに咲く桜の美しさ。気になっていた近所のお店で買ったお菓子が期待通りに美味しくてうれしくなること。誤解しないで欲しいが、“幸せ”は「家族と過ごす、ささやかな日々だ」というようなことを言っているのでは断じてない。彼の妻があまりにもアイコニックであることもあり、そのように解釈されてしまうケースもあるだろうが、彼が語る“幸せ”というのは誰にでも訪れうるものだ。たとえば、いつもの道を信号機に一度も引っかからずに歩けた、とか、おろしたての靴下が足裏に触れる心地よさ、とかそんなようなもの。こういった一瞬は、物語としては小さすぎるし、共感を呼ぶには個人的な体験すぎる。また、そんな一瞬の訪れは唐突で、伏線もなく、考察の余地もない。であるから、映画やドラマやバラエティーからは削ぎ落されてしまうものだろう。しかし、わたしたちの“生”の実感というのは、こんな瞬間の積み重ねでできている。意味がなく、ささやかで、それでいて世界がパッと光り輝くような一瞬。それが、“幸せ”ということなのだ。そんなわかるようなわからない感触*2を「ユリイカ!(わかった!)」と音楽に落とし込んだのが、星野源「Eureka」という楽曲であろう。

窓から陽が射して滲む
季節が風と踊り纏い詩を歌う
くだらないだろ
妙に綺麗で 泥臭い
わからない中で


「Eureka」

この楽曲を聞いて想起したのが、詩人・長田弘の「鳥の影」というエッセイだ。*3

路地を歩いていたら、葉をすっかり落とした木の細い枝に、ちいさな鳥が二羽とまっていた。何という鳥かわからなかったので、立ちどまって、そのまま黙って見あげていた。鳥の影のむこうにひろがる秋の空が、びっくりするほどきれいだった。ただそれだけのことだ。ただそれだけだったが、なんだかひどく明るい気分になった。ただそれだけの何でもないことで、ふっとこころが開かれる瞬間がある。それは、今日のことではない。もう何年もまえの、ある秋の日のことだ。ニュースでもなく、話題でもなく、情報でもないもので、日々にどうしても必要なものがある。そのときはそうと気づかない。けれども、ずっと後になって、じぶんのなかに、ふいにくっきりとよみがえってくる一瞬の光景がある。日々にあってひとを活かしているのは、どうということもないものだ。日々を横切る明るい無名の一瞬の記憶なのだ。


長田弘「鳥の影」

ニュースにも話題にも情報にもならない、名付けようがなく、意味もない、どうということはない一瞬。こういった物語になりえない事象がこの世界には溢れており、わたしたちの生に思いもかけず訪れては、喜びを残してパッと消えていく。星野源のこういった幸せ観が、『Gen』というアルバムのフィーリングにおおいに寄与しているのは間違いない。



このアルバムに“生きる喜び”をスケッチされていることは確かなのだが、はっきりとした“死臭”が同居している点も指摘せざるをえないだろう。星野源が数年前からホラー小説の熱心な読者であることも一因か。そして、遺影のように見えなくもない、モノクロのジャケット。遺影は言い過ぎとしても、あのジャケットの星野源は“ここではない場所”に立っているかのようだ。

死の淵から帰った
生かされたこの意味は
命と共に 遊ぶことになる


「創造」

2KBほど天の声から
読み取るだけの白い猫に
春に鳴らす響 あの世から
狂っているのはどちらかな


「Glitch」

祈り遠き愛しさも
君も消えるよ


「Memories」

掌こぼれ堕ちてく命は
涙と揮発して空 雲の生贄
寂しい 居たいわ
くるくる 舞い踊る臍帯と
侘しい 繋いだ 絆は 孤独を輝かす
この雨行かば 君会えるかな


「Sayonara」

人はやがて消え去るの
すべてを残さずに
綺麗にいなくなり


「Why」

その死の匂いは大病から回復した星野源自身であるだろうし、死別した人々、また生まれ落ちなかった命についても言及され、誰もが等しく死ぬのだという諦観にも辿り着く。そして、そういった死のイメージは“おばけ”や“妖怪”といった異形の存在に転化し、「異世界混合大舞踏会」の“おばけがでるぞ”は言うまでもなく、アルバムの各所に顔を覗かせている。

光 裏返すと
闇が狂れてるから


「Melody」

君の隙間に 流れる街並み
よく見れば 漂う
馬鹿な顔した
異形の者たち
妖怪の人肌


「暗闇」

妖怪というのは、説明が困難な、不思議な現象や存在のことを指す。そのありようは、前項で述べてきた、意味や言語化不能な“幸せ”とどこか似ていやしないか。はからずしてもたらされた幸福のこと、という意味で「勿怪(もっけ)の幸い」という言葉がある。勿怪の語源は、“物の怪”であったらしく、妖怪というのは、呪いや恐怖をもたらすだけの存在ではなく、時に幸福を授けてくれるものとされていたという。 つまり、“幸せ”と“妖怪”は表裏一体に繋がっている。

失くしてしまうな
心の暗闇を
あなたの涙から流れる
きたない心


「暗闇」

星野源自身が「メッセージはない」と断言しているわけだけども、あえて掘り当てるならば、漂白化が進む現代に警鐘を鳴らす、この部分だろう。”未知は暗くて”と歌われるエンドナンバーの「Eureka」が証左だが、暗闇は“未知”と同義であり、“未知を創りだそうぜ“というアルバム冒頭の「創造」の宣言にループしていく。暗闇を見つめ続けた星野源だからこそ鳴らせる、人々の心を静かに鼓舞する未知なる音色が、静かにダンスしている。わからない中で。

*1:それこそ現在の星野源の無気力なポーズはタモリ的だ

*2:「わからないけど、わかった!」という『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』がいうところの “キラキラ”もそういう世界の幸せの秘密のことなんですか?

*3:個人的な話だが、わたしはこのエッセイをノートに書き起こし、何度も読み直すほどにお気に入りで、影響を受けている。




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