昨日は私の遭遇した事故の、過失運転致傷罪に関する裁判の日だった。自分の記憶のためにも記すため長文ご容赦。
予約しておいたタクシーに乗って裁判所に出かけ、玄関ホールで弁護士さんと落ち合い、第401法廷へ。すでに裁判官や書記官は席にいて(私の弁護士さんは寸分たがわずというくらい時刻キッチリに行動する)、よくドラマで目にする、正面のドアから裁判官が現れて廷内の全員が一斉に起立するなんてシーンはなかった。もちろん全員の一礼から始まったけれど。
小さなよくある交通事故の裁判で、傍聴人もいないだろうと思っていたが、どこかの学生たちだろうか10人くらいが傍聴席に座っていた。
裁判を終えての感想を一言で言うなら、「むなしい・・・」だろうか。風車に向かったドン・キホーテではないけれど、敵にもならない相手と闘った。真に大きく強い相手ならば、どんな結果であろうと闘った充足感は得られるだろう(判決は後日なので、今のところ勝敗も分からないが)。
85歳の加害者(仮にAとしよう)は、裁判所から貸し出されたという補聴器を装着していた。裁判官や検事の質問にも、いちおう適切な受け答えをしていたが、質問が長くなったり少し複雑になると、方向違いの返答をする。
しかしこんなことは、税金から高給を食んでいる大臣とて日常茶飯のことだ。そんなとき腰抜けの野党議員や新聞記者と違って、私の弁護士は厳しく鋭く再質問をし、最後は「はいかいいえで答えてください」と迫ることも一再ではなかった。
事故の前年に運転免許を更新しているのを不思議に思っていたが、やはり認知度のテストはギリギリで、何度もやり直しを受けたとのことだった。危惧していた通り、危険性のあるドライバーを振るい落とすためのテストではなかった。
そのようにしてご親切にこの加害者Aに免許を与えた結果、半年もしないうち(Aは誕生日が2月、事故は5月)に、赤信号を見落とし横断歩道上の私をはねたのだ。あとわずか運が悪ければ、運転致傷でなく「致死」になっていたかもしれない。この責任の一端は、認知度の検査で甘い判断をした関係者にはないのだろうか。
Aは終始けろっとした顔つきで、自分のあり得ないほどの過失運転で人に多大な苦痛を与えてしまった申し訳なさなど微塵も感じられなかった。それどころか、検事の質問中に足を組んで受け答えをしていて、いくらか頭がぼんやりしているにしても考えられない態度だった。検事さんの席からは机で死角になっていたようだが、裁判後に弁護士さんが呆れてこのことを検事さんに話していた。
証人として出廷したAの妻は、Aと同じ85歳とのことだったが、こちらはまだしっかりしていて、あれこれ取り繕うことをいっぱい口にしていた。いわく、事故後まもなくから私に謝罪しようと思っていた。被害者の奥さんが(私は「奥さん」ではないが)ボランティアをしているということだから、私もしようかと思う、仕事からも離れて時間ができたことだしなどと。
驚いたことにこの事故が起きるまで、Aも妻も診療に携わっていた(Aは歯科医院をしている)というのだ。妻はともかく、Aに口内の診療を任せるとは怖ろしい。
謝罪する気持ちがあるのなら、方法はいくらでもあったはずだ。今はもうAとその家族に対して不信感しかないが、事故の後すぐ、「加害者があなたの名前や住所を知りたいと言っていますが」ともし聞かれたら、私は躊躇なく個人情報を教えることを許可していたと思う。
この妻もかなり方向違いの答えをしていたが、やはり人が率直に質問に答えず方向違いのことを口にするのは、都合の悪いことを聞かれた時だなと痛感した(妻の法廷での態度も非常に不快だったので、裁判後「住所を・・・」などと聞かれたが、お断りした)。
検事に車の鍵の置き場所を聞かれた妻は、車庫に置いていると答え、Aが手にすることのできない場所に移そうとは考えないのですかと言われると、Aが運転することはもうないからと答えた。頼りなくなっているAが自分が免許取り消しになっていることを忘れ、ウッカリ運転してしまうということを、妻も息子夫婦(事故車両は息子のもの)も考えないのだろうか。怖ろしいことだ。
この人とその家族は、今後もこうやってあれこれと口実をつけては、謝罪もせずボランティア(これも本当にする気があるのなら、仕事をしていてもできることがある)もせず危険を回避する簡単な方策も取らず、生きていくのだろう。
私は被害者参加人として、10分弱の「心情に関する意見書」を読み上げさせてもらった。病院での大変な痛みや苦しみそして屈辱感を伝え、横断歩道上で人をはねて逃げながらなぜひき逃げにはならないのかなどを訴えた。Aやその妻の心には伝わらないだろうが、裁判官の心に少しでも私の思いが届き、執行猶予がつくにしても、判決文に反映したら嬉しいなあと思う。

私の心はこれくらいモヤモヤ・・・。