大変な交通事故に遭った5月こそたった1冊で終わってしまったが、Wi-Fiのないリハビリ病院にいた8月は22冊の本を読み、長男の家で静養していた時には彼のパートナーTの本を12冊読み、コミックを何十冊と読んだ(「3月のライオン」「きのうなに食べた?」など映像化された作品を中心に)。
それなのに、なぜかあまり本についてのエントリーを書けないでいた。先日7か月ぶりの市民館で借りて来たのは南木佳士さんの『トラや』。題名を見てすぐ内田百閒の名作『ノラや』を思い出すが、南木さんのこの作品も負けず劣らずの名作だった。
医師をしながら小説も書いている夫は鬱病を病み、その妻は義父を介護し夫の希死念慮に心を配り子供たちにまで十分気が回らない。二人の息子は大学生になると、嬉しそうに家を出て行く。
野良猫が5匹の子猫を連れて庭にやって来るが、やがて子猫は2匹だけになり、母猫もどこかに姿を消す。子供たちの懇願もあって一家は2匹の子猫を飼うことになるが、シロと名付けた雌は死にトラと名付けた雄猫が残る。
このトラと一家の日々をたんたんと描いた物語。ほぼ作者の実生活ではないかと思われ、このような苦しみの中から南木さんの名作は生まれて来ていたのかと驚く。命を看取る医者という仕事は、相当に精神を削ることであるらしい。
おもに夫婦とトラとのやりとりが静かな筆致で描かれるのだが、それがかえって読む者の胸に迫る。そうして初めこそ仕方なくといった感じで飼い始めたトラが、一家のみなを繋ぐような存在になっていく。トラはただ生きているだけなのだけれど、心を病む主人公はトラに慰められ癒され少しずつ救われていく。
トラが老化に加えて車にはねられて骨折したりで、猫用のドアをくぐれなくなったり、庭から家に飛びあがれなくなったりするさまが痛々しい。トラとの別れを描いた「永訣」、そしてトラがいなくなってからを描いた「不在」で終わる。

帯のない表紙を掲載したかったが、白い部分が多くおまけにどこまでが本の画像か分からない状態になってしまうため、やむなく帯付きに。