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哀しくも美しい世界『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子著

上下の唇がくっついた状態で生まれた少年は、それが原因という訳でもないのだろうが、極端に口数の少ない子供だった。閉じた唇を開かせるための手術で皮膚が剝がれ肉がむき出しになった唇に、医師は赤ん坊の脛の皮膚を移植した。そのため少年の唇には産毛が生えていた。

 

離婚した母が実家に戻りやがて若くして病気で死んでしまったため、少年と弟は祖父母に育てられる。家具の修理職人の祖父と、娘を失った悲しみの涙を吸った小花模様の布巾を、片時も手放せなくなってしまった優しい祖母とのつつましい生活。彼らの暮らす家は両隣に押し潰されそうに細長い三階建てで、隣との壁の隙間にはその間に挟まって出られなくなった女の子のミイラが、人知れず食い込んでいると言われていた。

 

時々祖母と弟と三人で出かけるデパートはささやかな楽しみだったが、祖母と弟が売り場を眺めて回る間、彼は屋上で、大きくなりすぎたためにエレベーターに乗れなくなりその37年の生涯をデパートの屋上で過ごした、象のインディラを紹介する立札を眺めて過ごした。

 

やがてこの寡黙で並外れた集中力を持つ少年は、バス会社の廃バスで暮らす「マスター」と出会うことによって、チェスの才能が開花するが、いつも美味しいケーキを焼いてくれて、うまく話せない彼に「慌てるな、坊や」と声をかけてくれる優しいマスターは、巨体になり過ぎたためにバスから出られなくなり、最後は遺体をクレーンで釣り上げられることになる。

 

屋上から降りられなくなった象のインディラ、家の隙間に挟まった少女のミイラ、バスから出られなくなったマスター。少年は「大きくなること、それは悲劇である」という箴言を胸に、十一歳の身体のまま成長を止めてしまう。そうしてマスターの残したチェス盤の下に潜んで、チェスを差すからくり人形をあやつるチェスプレーヤーとなる。

 

チェスの対戦の様子や駒の動きがたくさん出てくるが、全くチェスを知らなくても興味深く読むことができる。いつもながら小川洋子さんの描き出す静かでもの悲しい世界がたまらなく魅力的で、少年リトル・アリョーヒンに夢中になってしまう。

 

素晴らしい才能に恵まれながら、ひそやかにつつましく生きた少年と対照的に、現代にはことさらに大きくなろうとか、大きく見せようとする人のなんと多いことだろう。

 

自分の領土や勢力圏を拡大するために、武力で他国に攻め込む人。自分の企業を、世界中をのみ込むほど巨大にしようとし、お金の力で政治にまで大きな力を発揮しようとする人。インターネットの波の中で耳目を集めやすい虚言・暴言を吐いて、自分を誇大に見せようとする人・・・。

 

大きくなることは悲劇であると同時に、喜劇でもあると感じる。いやその前に、何と醜いことだろう。

 

リトル・アリョーヒン(ロシア生まれの実在のチェス選手アレクサンドル・アレヒンがモデルとか)がからくり人形の中に入って指したチェスは、少女ミイラによって棋譜として記録され、それは詩のように美しい。

 

チェスの才能も何もないけれど、世界の片隅でひっそりとつつましく清廉に生きていけたらいいなあと思う。

 

 

 

 




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