今回の滞在中に、長男のパートナーがちょっとアンケートに協力してもらってもいいかと言うので、二つ返事で引き受けた。
「ACPという言葉を知っていますか?」「知らない」。アドバンス・ケア・プランニングの頭文字をとった言葉で「人生会議」とも言い、人生の最終段階で受ける医療やケアなどについて、患者本人と家族などの身近な人、医療従事者などが事前に繰り返し話し合う取り組みのことなのだそうだ。彼女の仕事の周辺でこの取り組みに熱心な人がいて、データを集めていると言う。嫌でなければ答えてもらいたいとのことで、もちろん全然抵抗はないので答えた。
回復の見込みのない病気だと分かったとき治療を続けて欲しいかとか、もしもの場合に心臓マッサージを受けたいか、経管栄養についてはどうか、点滴を受けたいかとか、そして最後の場所は病院・施設・自宅のどこを望むかといった10項目くらいのことについて尋ねられた。私は痛みのコントロール以外すべて不必要で、そして最後の場所は自宅を、ほとんど即答という感じで答えた。
こういうことを聞かれるのを嫌う人もいるというのは分かるが、でも非常に大切なことなので、どんどんこの動きが広まればいいなと思う。
高齢者に医療が必要になった時、とかく家族は出来うる限りのことを望みがちだという。それが愛情や誠意だと思うからだろう。必要最小限に済ますことはなかなか難しい。けれども、こうした事前の調査で本人の意思がはっきりしていれば、家族も悩ましい決断を迫られずに済む。そして何週間、何か月かの延命のために、患者本人は苦しまずに済み、医療費はかけずに済むことになる。
全国の自治体の中には、冷蔵庫などに備える救急医療情報キットに、この調査結果の用紙も入れることになっている所もあるという。私もこのキットは冷蔵庫に備えているけれど、豊橋市のキットにはまだこのACPの情報は入っていない。ただ持病やかかりつけ医などの記入用紙に要望の自由記入欄があるので、私はそこに「一切の延命措置は必要としません」と記入している。
7年前に変形性股関節症で入院手術を経験した時、医療保険のありがたさをしみじみ痛感し、こうした制度を子々孫々まで利用できる世の中であり続けて欲しいと願った。
この制度を守るためにも、不用・過剰な医療は防いで適切に使って行きたいものだと思う。ACP―人生会議、どんどん広まりますように・・・。

緑内障で失明し、登ったはいいが降りられず戸惑うオーガスト。それでも21歳までほとんど不自由なく生きた。