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真の怪物

cangaelさん(id:cangael)が今日のブログで取り上げていらっしゃる中の4つ目の件。紹介されているXのポストに大変共感した。ひどいことを声高に叫ぶ人も怖ろしいが、一番気持ち悪いのは、その周辺で笑っている人たちだ。

 

 

 

遅ればせながらアマゾンプライムで映画『怪物』を見たが、この物語でも、一番の怪物は、いじめを無視している普通の生徒、何も問題がないことにしている普通の教師たち・・・なのかもしれないと思う。

 

けれども、主人公の担任教師が、視点を変えることで全く別の人に見えてしまうように、どの人物も視点を変えればその人なりの理屈があるわけで、そう考えるとやはり一番恐ろしい「怪物」は、自分で考えようとせず伝聞や人・世間の評価、一面の見方などで簡単に結論付けてしまう愚かな人間、ということになるのではないかと思う。

 

おそらく決まりや法律というものにはグレーゾーンが付きもので、それを完全に無くそうと思えば決まりだらけ法律だらけの息苦しい世界になってしまう。そのグレーゾーンを現実や理想と照らしながら、血の通ったものにしていくのが人間の知恵なのではないだろうか。

 

今の世の中は、そのグレーゾーンを悪賢く使った者が勝ってしまっている。なぜ勝つのかと言えば、大きな声や耳目を引きやすい奇をてらった言説になびいてしまう人間があまりに多いからだろう。

 

いつの世にも残念ながら悪知恵の長けた者はいる。けれどもそうした存在を一部の悪として健全な社会を保っていくか、ヒーローのように奉って悪のはびこるゴッサム・シティにしてしまうかは、「普通の」市民次第なのだろう。

 

警察も司法も簡単に(であって欲しくはないが)金や権力で取り込まれることを思うと、この二つの分かれ目は、やはり市民が賢いか愚かかにある。なんとか清廉に生きる意欲を失わずに済む世の中であって欲しい、正直者は馬鹿を見るだけ・・・と投げやりにならずに済む世の中であって欲しいと思う。

 

みんな同じ方を向いているけど、それぞれ考えがあるんニャッ! Amazonのサイトより)




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