昨日歯科医院で待っていると、パタパタと私のあとに3人の患者さんが来た。全員マイナ保険証を読み取り機械に置いていた。ネットの記事などによれば、マイナ保険証の利用率は非常に低いらしいが、ここでのそれはなんと75%だ。それでも私は気にしない。マイナ保険証なしで行けるところまで行く。行きつくところを見届ける。
録画しておいた『ザ・トラベルナース』の最終回を見たら、なんとトラベルナースたちの働く病院が、身代金目当てのランサムウェア攻撃を受け、電子カルテやデジタルデータの画像などが見られなくなり大混乱するストーリーだった。
トラベルナースという存在自体が、医師や看護師の働き方改革ということから生まれたものとなっているが、最終回のテーマはまさにマイナンバーカードに色々な情報を一元化することの危険性を皮肉ったもののように感じた。
また概して医師たちがデジタルデータの消失でオロオロと何もできなくなっているのと対照的に、「カルテ以上に患者さん自身」を見ているという看護師たちのほうが、落ち着いて対応している様子を描いていた。
そう言えば、少し前に”言い出しっぺ”(2015年豊橋駅前のスタンディングを最初に始めた人物)と電話で話した時、近頃体調が芳しくなくよく病院に行っている彼は、たいていの医師が自分のほうを見ることはほとんどなく、パソコンの画面ばかり見ていることを口にしていた。
神話の神々が次々に出てくるとんでもない設定のドラマ『全領域異常解決室』でも、科学の発達で傲慢になった人間に神々が失望し、人間を甘やかしすぎたと反省して起こす異常な事件を扱っていた。
人間は科学や医療の分野で既に入ってはいけない領域にまで入り、自然や、人知を超えた大いなる存在への敬意を忘れ、いい気になり過ぎているのではないか。近頃の異常気象や大災害などの自然の脅威は、そうしたことへのしっぺ返しではないか・・・。
少なからぬ人々が、こんな思いを抱いていそうだ。だからこうした物語やドラマが作られる。ところが、そんな状況を変え得る力を持った人ほど、万能感に酔い、反省のかけらもないように感じられる。
世界中にある1万発を超える核兵器を今すぐ無くすことはできないけれど、まずは原発の再稼働は進めないとか、不必要な電力消費(今の季節で言えば、ライトアップなどより星空を愛でる)や度を超えた便利さの追求を我慢することなどは、その気になればすぐにもできることのように思う。

日本気象協会tenkiさんのサイトより