私のリタイア生活、実は現金収入はほぼありません。
数ヶ月前に株(投信)を売却し、120万円程の利益はありました。
その後も継続し株や投信(つみたてNISAなどで)を購入していますが、
配当金が出る銘柄はごくわずか。
今は年間にしても数万円程度。
はっきり言って「収入」と言えるようなものではないです。
じゃあ他に収入源は?
ということですが、今のメインは物々交換です。
私が運転や介護、ゴミ捨て、機械設定、その他色々、
親族や友人にお願いされて助けてあげること。
それも「労働」と思わず、好きで楽しくできること。
そしてそのお礼で食料品や生活用品をいただいたりしています。
私がセミリタイア生活に入れると思った大きな理由も、
資産額は十分ではないけれど、昔からコツコツ積み上げてきた、
この「助け合いネットワーク」があったからです。
私は運転が大好きです。
親族の中には70代で1人暮らしをしている人もいて、
少し遠方に行くときは運転が怖いからと、運転を頼まれます。
会社員をやめ自由がきく今は、本当によく使われます。
タクシーみたいなもんです。しかもタクシーより格安で、
(余ってる野菜や果物、食事のご馳走程度なので)
道中では話相手にもなってあげるサービスつき。
車は親族の所有する車を使用するので、私の提供は時間と身体だけ。
でも私にとっては食料を得る機会。しかも暇つぶしには最適。
また最近依頼の多かったのが携帯の格安SIMへの変更。
やり方を教え、できなければ一緒に手伝います。
どこの会社がいいか、自分が調べに調べ熟知しているので、
その人の使い方を確認し、何社か提案します。
その他、基本的に私は調べること学ぶことが大好きなので、
聞かれたことに対して、必死で調べて教えてあげます。
私の特技は文章を早く正確に読み取る能力とも言えるので、
みんなが「読みたくない」と思いがちな文章を代わりに読み、
そしてわかりやすく教えるという、そんなお手伝い。
これらでも、ちょっとした手助けになっていることは間違いなく、
その時に何かをもらえる場合もあれば、
野菜等が沢山あるとき、料理を作ったときにおすそ分けしてもらったり、
行きたいカフェやランチがある場合に誘ってもらっておごってもらう。
そんなお返しが多く、
物々交換がかなり多いため、出費がものすごく少なくてすむ。
そんな生活です。
時々もらい物の服や雑貨など、不要な物があるときは、
中古買取りで買い取ってもらい、数百円のお小遣いをゲット。
とにかく少人数の友人と親族を、とことん大切にする。
これを幼い頃から積み重ね、時間や労力を惜しまず提供してきたおかげで、
今ではすっかり「お願い事」が定着し、
安定した「収入源」となっていることは間違いないです。
昔、本当に大昔、まだお金がなかった時代、
世の中はこうして助け合って人々は生きていたと思います。
今の私たちはすっかりお金という概念にコントロールされてしまい、
それも雇用されてお金を稼ぐとしか学校では教えてくれません。
その為に一生懸命勉強しなさいと教えられる。
でも、人間が生きていくのに本当に必要なのは
「助け合いスキル」じゃないかな?と思ったりします。
自分の能力を活かして提供し、代わりに何かで助けてもらう。
例えば友人の悩みや愚痴を聞いてあげる。
それもとことん、聞いてあげる。
苦しいときはこの人に話そうと相手が思うくらい。
そうすると、「食事奢るから話聞いて~」となったりします。
もちろん時々は私もご馳走したりします。
でも、私は自分のことは話さず聞き役に徹する。
プロの聞き手と思い、相手の心に耳を澄ませる。
これも立派な提供だと思うんです。
しかも大切な友人。私も助けになりたいと思うからやる。
決してイヤイヤやってるわけじゃないです。
友人なので、悩みや愚痴関係なく連絡を普段取り合っていますが、
私が知り得ない情報を提供してもらうことも度々あります。
話は戻りますが、昔、本当に大昔、お金がなかった時代、
私たちは1日8時間労働をしていたでしょうか?
そんなことはしていなかったはず。
漁に出かけ、野菜を育て、食べるものを確保したら、
残りの時間は好きなことをして過ごしていたはず。
ボーッとするときもあれば、近所の人とおしゃべるを楽しんだり、
とにかく気の赴くままに暮らしていたはずです。
そうです。現代人は働き過ぎなのです。
それも不必要な物を買わされるために。
本当に必要な物、本当に必要な人間関係だけに集中すれば、
働き過ぎず、うまく物事はまわっていく。豊かになる。
働き過ぎをやめ、こんな物々交換もありなんじゃないでしょうか。
時給換算すると割に合いませんが、楽しく過ごせます。
こんな日常、けっこう気に入っています。
それではまた。