
(ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷 : 作品情報 - 映画.com)
ハロウィンの夜、ハーパーはルームメイトとパーティで知り合った大学生たちとともに郊外にあるお化け屋敷に向かう。廃墟のような屋敷、彼らを迎え入れる不気味なピエロに期待をふくらませ、ハーパーたちは屋敷の中へと進んでいく。そして、さまざまな仕掛けが施された部屋を進んでいく彼らの前に、仮面をつけた少女が現れ「見てないで、助けて!」と叫び声をあげる。少女の必死の様子と、お化け屋敷のただならぬ空気に困惑していくハーパーたち。やがて、その屋敷が単なるお化け屋敷でないことに気づく。そこは、殺人鬼が殺しのために作った場所だった。
まさに「お化け屋敷」、内容は無いがアトラクションとしては非常に楽しめるスナック感覚の秀逸なスプラッターホラー。
「内容がない」というのをdisとして捉える人もいるかもしれませんが、私はこの内容のなさは正解だと思います。いやまあこの設定とあらすじで本格ヒューマンサスペンス期待する人、いないでしょ。ニーズにはニーズに適応したものを。寿司の口には寿司、ハンバーグの口にはハンバーグ、それで良いのだ。
プロデュースが『ホステル』『グリーン・インフェルノ』のイーライ・ロスとだけあって、年齢制限12歳にしてはゴアもギリギリまで描かれ、殺人鬼たちのつくった殺人お化け屋敷のアトラクション的恐怖を堪能するには十分な演出で、ニーズに沿った秀逸なB級ホラーだと思います。
ちなみに脚本演出は『クワイエットプレイス』のタッグだったはず。
ということを踏まえたうえで。
「この映画における身体改造者の描かれ方はアリなのか?」という感想を述べていきます。
※あくまで浅学で門外漢のわたしのいち観客としての感想なので、詳しくは自分で内容を見て考えてね。※
というのも、この映画における殺人鬼は複数いて全員多様なピエロマスクをつけているのですが、作中で主人公たちが何度も「顔を見せろ」と言うんですね。そしてピエロはマスクを取ろうとはせず、ここぞという場面で「俺の顔が見たいんだろ?」という風にマスクをとって素顔を見せる。この映画におけるホラーギミックの1つとして「マスクの下に何があるのか」ということが使われていることがわかると思います。
その素顔は様々ですが一様に「普通ではない異形の顔」をしている。それは所謂ファッションとしての身体改造者もいれば、そうっぽくはない生まれつきの奇形?(語られないので分かりませんが)の人もいる。その人もちょっと人工物じみていたので、全員身体改造なのかもしれませんが。身体改造については日本ではまだあまり馴染みがありませんが、今は亡きテレビ番組「クレイジージャーニー」でボディサスペンションなどとともに特集されたのでググったら色々出てくると思いますし、日本でも知られつつあるのかな。まだアングラ扱いだろうけど。
簡単に説明すると、ファッションとして自分の体を改造してしまう。イメージしやすいところで言えば舌を割ったり、眼球に黒のタトゥーを入れたり、全身タトゥーしたり、シリコンなど様々なものを入れてツノを作ったり、マイクロチップを入れたり、さまざま。
作中でピエロの中に殺人を犯していない使い走りの男が出てきて主人公チームとともに脱出を図るのですが、このピエロの中では「常人」として描かれている男の顔は、奇形でも異形でもない、「普通の平凡な顔」。その男曰く「人を殺したら顔が貰えると言われた」らしいので(主人公が殺人ピエロに「顔を貰うぞ」みたいなことも言われている)、やはりこの映画において「顔」が非常に大事。
そういった中で初めて登場したピエロの素顔が、一目で分かるほどの身体改造者だった。一瞬「あー……」と思ってしまった。
というのも、身体改造者はファッションとしてそれを実践していますが、その見た目ゆえ、いわれのない嫌疑をかけられたり、偏見や差別に遭うということがあると聞いていたからです。私は馴染みのない日本人なのでなんとも言えませんが、たいていの人はまともな常識を持った人であるけれども、見た目ゆえ色々な障壁がある、らしい。そういった記事をいくつか読んだところだったのでなおのこと引っかかったのかもしれない。
「いやでも、そもそもこの役者さんは本当に身体改造をしている人なんだろうし、当人がいいのなら、いいのか」
「でも露骨すぎやしないか?インディーズじゃあるまいし、それなりの規模で注目を浴びている作品なのに、偏見を助長しかねないととられるのでは?」
「でもそもそもグリーンインフェルノで人種差別だって批判受けても『これはほんとに人を食った映画だぜハハハ!』つってたイーライ・ロスだしな……今更か……」
「いやでも……多少センシティブになるべきでは……」
「でも意外と本場ではそこまでセンシティブじゃないのかな!?日本人だしわかんない!」
……と咄嗟に色々考えましたが。
私はこの身体改造者でしたデデーンこわいでしょ!見た目こわいでしょ!みたいな描かれ方にモヤ……としたのも事実。私個人の感想なのでね。
もちろん表現の自由として許容されるべきとか寛容性のパラドックスとか色々ありますが……。
結局のところモヤモヤした根底には「身体改造者をはじめとする『異形』の見た目の怖さに頼るのって、『逃げ』なのでは?」という感覚がある。私の言葉の稚拙さゆえ上手に伝わるかは分かりませんが、表面上の怖さを追求するあまり皮膚の上の怖さしか見れていない気がする。
これは本作に限った話ではなく、よく人形ホラーにも感じるのですが、提示された人形が「こんなんどこに売ってんねん」みたいな明らかに怖い見た目をしていたらすごく萎えてしまう(好みの問題ですが……)。分かりやすい怖さを求めるあまりリアリティから逸脱していて、「そりゃこんな人形があったら動かなくてもこわいわ!」になる。普通のポポちゃん人形みたいな人形をいかに怖く見せられるかがホラーの腕の見せ所なのでは?怖いグロテスクな人形がフェチな監督や観客もいるので一概には言えませんが(私も怖い見た目の人形自体は大好き!)。
結局のところ「お願いだから安易な見た目の恐怖に逃げないで~~見た目を怖くしてもいいけどそれなりの出来にして~~~」という気持ち。
そこにきての本作、「ドヤ!マスクとっても怖いやろ!」の演出に身体改造者を使うのは正直、「安直」なのでは……。そこをどう怖く演出するのかがあなたたちの腕の見せ所であって、安易にまだ偏見の残る見た目の人間を使って演出してもいいのか?それでいいのか?と思ってしまう。
こういう話になると例えば身体障碍者を映画に起用(例えば見世物小屋を描いた『怪物園』とか)も否定するのか、みたいな話になるかもしれないけど、本作は見た目と悪役がイコールで結び付けられていることに違和感を覚えたという話なので、少し違うかな。怪物園では障碍者って主人公側だったし。
「マスクをとっても怖い」という演出自体は必要だったのかもしれない。脚本演出は「お化け屋敷を作りたかった」みたいなことを言っているし、本作のテーマは「究極のマジお化け屋敷」みたいなものなので、「ピエロマスク=表向きのお化け役」だとすると、実は殺人お化け屋敷だった!という設定にするには「ピエロマスクをとっても異形で怖い=裏側も怖い」にする必要がある。テーマにおける演出として必要だったということを踏まえて、それでもなお、身体改造者の見た目に頼って演出をするのは、安直だったのではないか。ツラが怖いからイカれた殺人鬼にピッタリ!って演出したのなら、もうそれはルッキズムの話になってしまう。もしそうなら私はそれを許容できない。
ただやはり脚本家がこのテーマに沿った演出をする際に「ツラの怖さ」を求めた気持ちは分かるし、それを否定はできない。ただうまい落としどころはなかったもんかと思うのです。
という、以上アリなのかという感想でした。
ところで本作の脚本家は一部では悪名高き『クワイエットプレイス』のタッグなので全く期待をしていませんでしたが、設定のおかげでそもそも内容は無かったので、クワイエットプレイスのような見ていて悲しくなってくるほどのガバガバはなかったです。良かったァ!!
ただ冒頭から主人公の彼氏がDV疑惑のあるアル中で、ずっとその影に追われていて……という演出をしているのに、結果的に彼氏は全くお化け屋敷に関係なかったし特に彼氏のおかげで脱出の手がかりを得られたとかもなくあっさりお化け屋敷についてきてあっさり殺されたのを見た時は「脚本マジで?」と思いました。彼氏を広辞苑の「犬死に」の例に挙げてあげたい。それくらいナチュラルなドッグダイ。
あと主人公の家族も全然関係なかった。トラウマを乗り越える的なことがしたかったのかな?投げやりだったけども……。
ラストは「クワイエットプレイスの脚本家ってこういうのが好きなんだなあ」でした。なんかまあ投げやりだったけども……。
総論「そういえばこのトラップ、『サプライズ』に出て来た、なんか……ホラーによくあるやつ!!!」
私も殺人マスク集団に襲われたら確実に足を狙っていこうと思う