秋になると楽しみなのは、金木犀の開花を知ること。外でふと香る金木犀は胸をきゅんとさせる。金木犀が好きすぎて、今の我が家のリビングは金木犀の香りのルームフレグランスを愛用している。金木犀の香りのする入浴剤も使っていて、もうすでに秋めいている。家の中で自分で用意した香りですらときめく。
なるべく匂いで金木犀の開花を知りたいので、金木犀の木は眺めないようにしているんだけど、今日娘が「オレンジのちいさなおはながさいてるよ!」と教えてくれた。紛れもなく金木犀の花で、早い子たちはまだ香りを放つほどではないもののぽつんと咲いている。娘に「あれはキンモクセイっていうお花だよ」と教えると「きんもすけー!」と大喜びしていた。きんもすけー、可愛い。
熱は下がり、体調がよくなったらしい娘は元気に公園へ出かける。そこには先客の赤ちゃんがいた。赤ちゃんを連れたおばあちゃんが「こんにちは」と挨拶をしてくださる。すると娘も「こんにちは!赤ちゃんかわいいね」と声をかける。褒められた赤ちゃんも嬉しそうにきゃっきゃと笑う。可愛すぎる時間。尊い。お孫さんの年齢は1歳ということで、2年前の娘もあんなに小さくて頼りない存在だったんだよなと思うと思わずうるっとしてしまう。いつの間にか、こんなに大きくなって。
また熱がぶり返すと嫌だから30分ほど遊んで、スーパーで買い物を済ませ帰宅する。
今日もアクアビーズに精を出す娘は、もうすぐキットに描かれているキャラクターをコンプリートする。もうすっかり上手になり、今日はわたしの手直しなしでひとりでキャラクターを作り上げていた。こんな小さな子どもに無理でしょうと思っていいたけれど、何事も経験すればグングンと伸びていく、子どもの可能性と飲み込みの速さに驚く。対象年齢や自分の経験を思い出して「娘にはまだ早い」と思っていることがたくさんあるけれど、案外ちゃんと見守ってやらせてみたらできるものなのかもしれない。親の忍耐力が試されはするけれど…。私が娘の可能性を潰すことのないように心して生きたいと思う。
本屋やドラッグストアへ出かけ、今日は気付けば1万歩歩いていた。本屋に行って気になる本を手に取ったりしたからか、心が満たされていて今日はお腹が空かない。私は充足感を食べていきているのだろうか。
そういえば旦那が大食いYouTuberをみながら「いいなぁ、こんなに食べられて」と言っていた。旦那は食べることが好きで、一日に3回も幸せな時間が来るという人だ。コンビニのおにぎりでも幸せを感じられるらしい、お手軽だし一日に何回も幸せな時間が来るのは羨ましい。そんな彼は年々食べる量が減ってきているのが悲しいらしい。
対して私は食べることはそんなに好きじゃない。季節の月見バーガーを食べたり、気になるカフェでご飯を頂いたりするのは私も幸せを感じるが、そうでない食事はただの作業でしかない。しかも、今は私が作らないと食べたいものは食べられない。自分のために手の込んだ食事を作るほど食事に対してモチベーションはない。私としては嗜好品としての食事(ご褒美の焼肉、外食しようと思い立ち出かける大衆ファミレス、特別な日のレストラン等)だけでいい。日々の食事なんて作るのが面倒くさいから、前日の残りと卵かけご飯で終える日々。
この差はなんだろう。でも、食事が幸せ、楽しいという人の方が、食事が苦痛な人よりも絶対に幸せなので良いことだ。