

明光寺門脇に建つ<雷神石> 「天照山 天下和順日月晴明・・・・」「弘治三丁巳年」(1557)と刻む。
「天照山」の山号は、「天岩戸」の標柱よりは130年も古い。しかし、それだけでは、
石の宝殿を「天岩戸」になぞらえて大日如来を礼拝していた年代を元禄以降と断定はできないので、山号と岩戸信仰とどちらがタマゴでどちらがニワトリか、一概に決めつけることは難しそうだ。

↑ 「石の宝殿古墳雑考」(瀬川芳則・1990)より抜粋


↑ 石の宝殿入り口脇に建つ標柱
「梵字(ア)天岩戸
大日如来」「元禄四辛未年」
「打上明光寺承誉上人」
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東大阪文化財を学ぶ会(会長 南 光 弘)主催
<寝屋川に秦氏の痕跡を探る>2020.9.16.(水)に参加