

生野区巽南1丁目3の法蔵寺境内の石灯篭に、
(西面)手間社
(南面)獻燈
(東面)河秔澁川郡四條村
南耼原仙太郎
(北面)慶應三丁卯十一月
(台石・西面)大日本廻國
という刻銘が残されている。
また、旧官幣大社・生国魂神社旧蔵の『攝津國東生郡浪速総社生國玉大明神御神名記』に、
手間天神社 少彦名神 同四條村ニ坐
の記載がある。(『巽神社誌』・『郷土誌いくの』第6号「生野の神々と『御神名記』」参照)
この手間天神の根元社について、『神道大事典』には、
○テマノテンジン 手間天神
出雲国と伯耆国との境に入海があり、そこに小島があり、手間天神と号して少彦名命を祀る神社がある。命はその祖神の指間から漏堕ち給うたと伝へられ、その義に因んでついた社名である。然るに世にこれを天満天神とも呼ぶもののあるのは誤りであるといふ。
と記載されている。
上記の正確な場所は、
○ 出雲国意宇郡の塩楯島=島根県松江市竹矢町(ちくやちょう)。
松江市を流れる大橋川の南岸寄りにある小岩島に祠がある。
※ 写真(上)塩楯島 は「通勤列車の窓から」(http://yamakawa-link.jp/officetrain/train-03.html)より転載させて頂きました。
※ 写真(下)は「巽神社誌」(2006.5、巽神社発行)より転載。
※ 手間天神の所在地は島根県松江市(=出雲国)である。島根県西伯郡(=伯耆国)南部町(なんぶちょう=旧・会見町)の「手間」ではないから要注意。