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六甲山を縦走したい!(17)

2025年9月14日。スマホ画面の地図上に表示される現在地のポインタが鵯越駅に近づくにつれ、なんだかそこが今日のゴール地点であるかのような感覚=錯覚が私を覆っていた。実際には鵯越は六甲縦走における序盤ハイライトとも言える菊水山の手前なので、超序盤なんだけど……もうええわ、誰も見てへんし、よくここまでがんばった、おつかれさん、私、というような気持ちが湧き上がってきて、歩く足にも力が入らない。電車に乗ったら一本で家に帰れてしまう。縦走はまた次の機会に……。

しかし、この2年間はゆうて毎日1万歩以上歩くトレーニングを律儀にこなしていたこともあり、私は「無理だろう無理だろう」と口では言いながらも正直、内心では六甲全山縦走50キロに対し「なんとかなるんじゃないか」と思っていたことを告白したい。でも実際は、ぱっと思いついた1日1万歩程度のトレーニング(?)などではどないもなりませんな。

しかし、である。なんともふがいないではないか。これはアレックスオノルドがヨセミテ国立公園のエルキャピタンをフリーソロで命がけで登るみたいな真似のできないチャレンジとは違うわけである。六甲縦走ってのはもっとカジュアルなものではないのか。市が主催の大会では毎年2千人くらいが挑戦してほとんどの人間がゴールしているというし、そういえば!以前ヒカリさんと近所の喫茶店でモーニングをしていた時、そこで働く姉さんが客と会話しているのを聞いたのだが、あれはいつかの縦走大会が近かった頃だろう、その時ちょうどニュースで縦走大会の特集をやっていて、店のテレビに流れる映像を客や店員がぼんやり眺めながら、その時とつぜん姉さんがこう言ったのだった。

姉「あーし(私)、これ(縦走大会)でんねんけど」
客「まじで」
姉「うん」
客「これってどこはしんの?」
姉「あーしもよう知らん。なんか申し込んだ」

このくらいの感じの人がカジュアルに出場して、それでも9割以上完走しているのが六甲縦走大会なのである。決してナメてかかっているわけではないが神戸ではけっこうな人数の人が「六甲縦走、ぼくも昔やりましたよ」みたいなことを言う。モンベルの店員も言っていたし近所の酒場の店主も言っていた。そんなカジュアルな行為であるのだから、なんだかんだで六甲山新参者の自分にもできるのだと思っていた。
しかし……。

高取山を下りて、まだ序盤ハイライトの菊水山にも来ていないわけだが、肉体的な限界が来ているのがわかるのだ。限界が、予想以上に早く、来ている。
やっぱあれよな。近所の喫茶店の姉さんのように、体力的には無理だったけど気合いと勢いでなんとかなりました、みたいな若さが私にはない以上(姉さんが完走したかは知らんけど)、そこはもう単純に体力勝負となるわけで、昨日今日思いついて「ほい、できました」となるほど六甲縦走は中高年には甘くない。出発する前に気づけよということに私はいまさら気がついた。

駅舎のサイズのわりにでかすぎる『天才武将源義経ゆかりの地 鵯越』と書かれた看板の前でリュックを降ろし、地べたに座った。へたりこんだ。
山間部とはいえ、ゆうて駅。計算どおり電波はばっちりで、まあとりあえずここなら安心してボクシングを観戦できる。スマホをモバイルバッテリーにつないでネットフリックスを付ける。空は曇っていて日差しがないので心地よいのだが時々太陽が雲間から顔を出して地面を直射しそのたびにエネルギーを奪われてしまう。駅舎の屋根の下に行けば日陰になっているからいいんだけど一度へたりこんでしまったのでもう一度立ち上がる気力がない。日の光があたるとスマホ画面が見にくい。座っているのがめんどくさいので野宿を楽しんでいた若い頃のようにいっそ地面に寝転んでしまいたい。そんな誘惑にかられるのだが現在の私の見た目はみるからにハイキング中年であり、駅前でだらしないことをしていたら登山者全体の評判を落としてしまう、みたいないらんことまで考えてしまって、寝ころぶ勇気はなかった。

ネットフリックスではあいかわらずカネロ対クロフォード戦に向けた煽り映像が流れるばかりでいっこうに試合が始まる様子がない。同時通訳とかもないので何を言っているのかわからない。カネロもクロフォードも金持ちなのはわかる。家に孔雀飼ってるんやもんな。小学生の時だったと思うが、ハトを家に持って帰ってきたらめっちゃ怒られたことがあった。あんた、そんなもん持って帰ってきて、飼えるわけないやん、そのハトがポッポポッポポッポポッポ鳴くようになったら家に何百匹もハトが来るようになるんやで、ハトはハトを呼ぶんや!とか言われて。

駅前に座ってどれくらいの時間がたっただろうか。ようやく煽り映像ではなくメインの試合が始まろうという頃には私はもう眠気を制御することができなくなっていた。試合開始直前に一瞬目は覚めたのだが始まった試合が案外しょっぱい感じであった。なんかめっちゃ漠然とした感じで思うんだけど、私たち日本人ってのは軽量級の試合を見ることが多いので軽量級のスピード感に慣れている。だからどんだけ強いとはいえカネロとかウシクとかでかい人たちの試合がなんだかもっさりした風に見えるのだ。マリオカートに例えるとキノピオでプレイした後にドライバーをクッパとかドンキーに変えると「え」となる、そんな動き。結局わたしはせっかく始まった試合と同時に心地よく意識を失っていたのであった。

強い日差しで目がさめる。スマホ画面に目を落とす。なんかもっさりした試合やな。また眠る。日差しで目が覚める。そんなことを繰り返し、半睡半醒の中で試合も終わり、2時間くらいを鵯越の駅前で過ごしていただろうか。ボクシングはとっくに終わっていたので荷物をリュックにしまい直し、そして立ち上がった。
すると、不思議と身体がシャキッとした感じになっていた。
あれ?回復してる。体が軽い。

私はその場で10歩くらいの足踏みをして感触をたしかめて、鵯越駅の裏からの登山道に入った。まだまだ歩ける。要は体力の限界とかそんな大層な話じゃなくて、休憩が足りなかっただけではないだろうか。長時間の登山において飲食と休憩っていうのは「気の向くまま」みたいな感じじゃなくて実はものすごくテクニカルな分野なのであり、きちんと考えて戦略的に飲む、食べる、休憩する、それがロング登山においては生命線になってくる(て、これは想像ですけど)。私はそこをまったくわかっていなかった。カネロとクロフォードのおかげでめっちゃ体が軽くなった。ヘッドライトもあるし。まだまだ歩ける。そんな希望をもって、今となってみれば、私は自分の残り体力を読み違えたまま甘い気持ちで菊水山に向かったのであった。




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