六甲全山縦走計画。なんとも魅惑的な響きである。
実行日は妻と子が早朝から出かけている9月14日の日曜日と決めた。この日ならば翌月曜日も祝日なので万が一不測の事態(日をまたいで遭難とか)が起こったとしても子供の朝ごはんの準備とかがないのでなんとかなる。
しかし、実行するにあたって根本的かつ深刻な問題がふたつあった。
ひとつはそもそもの体力のなさである。
一応この2年は減量期間であったので(『幸あれ、知らんけど』という本に詳しく書いた)1日1万歩以上歩くことを実践してきたし近所の山にもちょくちょく通いはした。しかしそういった軽い運動と六甲全山縦走とでは世界がまったく違う気がする。今となってみれば若い頃から飲酒と喫煙習慣だけは立派に身につけて一切の運動習慣を持たずに生きてきた過去を呪いたい。そういえば十代の頃から存在が気にかかっていたものの読む気にならず、なぜか今年になって全6巻をいきなり読み終えた沢木耕太郎の『深夜特急』で、作者がギリシャの古代競技場跡でたたずんでいると若いアメリカ人バックパッカーがやってきて短距離走の勝負を挑まれる場面があるのだが(たぶん5巻)、そこでさらっと書かれていた事実によると沢木耕太郎ってさあ、若い頃から陸上競技で身体を鍛えていた超体育会系の人間だったのだな……。
そりゃいくら若いとはいえ『深夜特急』みたいなハードな旅は文系のボロ瓢箪には出来ませんわな。いや、どおりで『凍』にいたっては山野井泰史・妙子夫妻といっしょになってギャチュンカンだっけ、えらい高い山に登ってましたやんか。あんなんそのへんのおっさんはできへんで。
私は若い頃にあこがれる人間を間違えていたのかもしれない。
高田渡とか友部正人みたいな線の細そうな感じの、中島らもみたいな飲んだくれイメージの、そういう人らではなくて沢木耕太郎とか山野井泰史の背中を追いかけるべきだった。そしたら人生は違っていたかもしれない。
そういえば(話が脱線してしまうんだけど)だいぶ昔の東京時代、今はもうないけど都電の向原駅の目の前に豊島区立中央図書館があったわけ。もうあの図書館を覚えてる人はいないかなあ。2階には古びた大衆食堂みたいなレストランがあって、そこでよくアイスコーヒーを飲んだなあ……。で、ある時アイスコーヒーを飲みながらジャック・ケルアックの伝記を読んでたら、ケルアックってさ、十代の頃はアメリカンフットボールの特待生かなんかでめっちゃ身体を鍛えていた肉体エリートであったのである、おまえ、あっち側かよみたいな、裏切られた気分になったよ。どいつもこいつもスポーツなんかしやがって。ギンズバーグを見習えよなあ。ギンズバーグって体を動かすことなんてセックス以外何もやってなさそうやん。セックスさえもあの体つきでは相当淡白かつ受身なはずである。なんかさ、すけべ椅子みたいなのに座って責められてるだけみたいな。だいたい書物の世界なんてのは運動などしないひねくれ者のドラッグ中毒ばかりが住んでいる世界と違いますのんか。色川武大の『うらおもて人生禄』で作者が子供の頃、いつも同級生が運動場で相撲をやっている楽しそうな様子をひとりでぽつんと遠くから眺めていたみたいな場面がありましたな。われわれは全員そっち側と違いますのんか。と、まあそんなことはどうでもよくって、とにかく沢木耕太郎は脳筋側であり私は運動をさぼり続けたツケが中年になって回ってきて後悔する側だ。ただまあこの問題に関しては「体力がない?知らんがな」というだけの話である。そんなことを言ったって仕方がないのだから。私には、より大きな問題がもうひとつあった。