朝は昨日作った具だらけ山賊味噌汁。昼は焼きめし。野菜は昨日たくさん買ったので買い物に行く必要もなく、港方面まで歩く。森山大道が夏に出した写真集「記録」32号は全編今の神戸が舞台で、このあたりの風景も何枚か出てくる。久しぶりに「思いつき」をのぞくとちょうどお姉さん(長姉)が病院に行く時間だったようで、コーヒーを一杯だけ早足で飲んで、みかんとビスケットをもらった。帰り道、地べたに座る顔が赤く焼けた初老の男性から「お兄さん、すいません」と力無く話しかけられ、すぐに状況を察しながらもつい癖で「どうしたん?」とベビーカーを止めて、「私、酒もバクチもいっさいやらず、真面目にちゃんとやってきたのに、こんなになってしまいました」というその身の上話を聞いてしまう。そのあいだ僕は、おっちゃんめちゃくちゃ酔っとるがなと思いながら財布の中にある金を頭の中で計算していた。今日は長財布と小銭入れ(蟇口)の2種類持っていて、長財布の左側に5千円札、右側にはヨレヨレになった商店街の福引き抽選券が入っている。蟇口には、さっき「思いつき」で千円札を出した時のお釣りが入っている、と考えていた。そうこうこう言うわけで、とおっちゃんの話は続き、「悪いんですけど、2千円かしてもらえませんか」とようやく切り出したおっちゃんに対し、「強気というか……2千円ときたか……」僕は長財布の左側はかくして右側を開いてみせ「おっちゃん、おれいま金持ってないねん」と言ってから蟇口を出し、「なんか子供だましみたいで悪いねんけどこれしかないから。煙草でも買って」と100円玉を5枚、貸した。「寒いから大変やと思うけど、気いつけて下さいね」とベビーカーを反転させ立ち去ろうとしたとき、「ありがとうございます」と何度も言い続けるおっちゃんがベビーカーから投げ出された子供の足をなでようと、手をのばして、一瞬の逡巡の後その手を引っ込めた。こういう「お金をかしてもらえないか」という声かけをする人みんなに言える事だが、こんな雑な言い方で、お金をくれる人なんて今の時代まずいないだろう。蔑視は当たり前(他人からの蔑む視線はしんどいものだ)、ひどい時には罵倒だってされるだろう。別れ際におっちゃんが自分から引っ込めた、むくんで汚れた手、別に引っ込めなくてもよかったのにと思う。10年くらい前だったら、僕は同じ金銭を渡すにしても、ポートレイトを撮らせてくれと頼んでいた。そして撮影料です、とこちらから感謝してお金を渡したはずだ。今は、それをしようとは思わない。おっちゃんと別れ、西日の差す歩道を歩きながら、何かどうにもならない気持ちを残してきたような気がして、何度か後ろを振り返りかけたが、振り返った先にある情景に責任というか、つながりを持つ気力が自分にはなく、前や横を見ながら歩いていると、気の早い家は玄関先にもうクリスマスの飾り付けをしている。夜は菊菜とホルモン炒め、その他色々、子供にはアジ開き、先日買った広島菜の漬け物を切りタッパに入れる。