http://www.enpitu.ne.jp/usr7/bin/day?id=73064&pg=20110620
三ヶ月前の話なんだけど残しておきたいので書いておきます。五月一日の朝、僕はちょうどその月に仙台に行く予定をたてていたのでバスの時刻表を見ていた。それでだいたいこの日かな、という事だけを決めたので一息つこうとメールボックスを開いてみると「石井です。お仕事のご依頼」と書かれたメールが届いていた。「あ、もしかして。でもまさかな」と思って、僕はとてもわくわくしてしまった。石井さんは前年にツイッターで「俺は結婚式とか葬式とかやることになったら平民さんに写真を仕事として依頼して撮ってほしいと思っているんだけど、俺ごときが到底依頼できないくらいのギャラ取るくらいに有名になってほしい」(http://twitter.com/#!/whistleman/status/9446984012271616)と、ある時に書いてくれていて、それを読んだとき僕はとてもうれしかったのだ。色々なことに対しモヤモヤしていた気持ちが一気に晴れた!!!とまではいかなかったけれど、まあモヤモヤした気持ちを心のすみっこに静かに置いて、そいつをなんとか飼い慣らして、そして黙々と前をむいて僕は自分のやるべき事をやっていこう、というような気持ちになったのだ。つまり、石井さんのツイッターでの書き込みから僕は勇気をいただいた。
五月。その日は強い雨がふっていた。石井さんから届いたメールを読んですぐに僕は仙台に行く予定をとりやめてそこから捻出したお金で新しいカメラを買った。それはとても金額的に痛い買い物で、その痛さをいつまでも覚えていたいと思った。いってみれば覚悟のようなものだ。いや、それはちょっと大げさか。単にカメラが欲しかっただけ。自分がその日感じたうれしい気持ちを刺青のようにして体に彫りつけておきたかったのだ。だからカメラが必要だった。あと覚悟とかうれしさとかは横に置いといて僕にはもう一つどうしても新しいカメラが必要だった理由があって、石井さんの結婚パーティには美しいノイズが必要なのだと、メールをもらった時点から僕は考えていた。具体的に言うと今回の撮影ではなるべく外付けストロボは使わずにISO感度を3200〜6400に上げ、まったくどうしようもない2011年の僕らの、前にもうしろにも右にも左にも進めないこのどん詰まりの5月にパーティを開く二人を、最高にいかしたノイズで祝福したい。それが僕の写真であり、東京のザラザラした感じであり、ある日ある場所での二人の、そして二人をとりまくみんなのとってもいかした現在だったりするはずなのだ。もっとノイズを!
「写真は結婚パーティの間だけじゃなくって、二人にとって一回しかない一日の、はじまりから終わりまでのドキュメンタリーにしようよ」
打ち合わせの喫茶店で僕はメールをもらったその日から考えていた計画を口にした。僕にしか撮れない写真を撮りたいから。いつのまにか、コーヒーカップを挟んで話は結婚パーティから現在の話に、放射能の話に、日々を取り巻く息苦しさの話に、なった。それでもぜったいに、最高の一日にしよう。最高の一日に。僕たちはタフに生きるしかない。「自由にやってよ、平民さん」石井さんから言われたのはそれくらいだと思う。パーティの当日は、朝から雨が降っていた。僕はカメラを四台持って石井さん夫婦が住む部屋に向かう。行きかう人々は皆傘をさし、マスクをかぶっている。最高の一日にしよう、最高に楽しい一日に。僕たちはタフな生き残り。音楽。止まるまで、回り続けるレコード。扉を開け、挨拶もせずにシャッターをきる。今日の一回しかない一日に。それがかけがえのないものであるように。二人のこれからの人生に。それが最高のものであるように。石井さん、僕にたのんでくれて本当にありがとう。
雨の音。たくさんの傘。会場から漏れきこえる陽気な音楽。外に並んで立つ二人の背中。ざわめき。
一瞬だけ、町中のすべての音が鳴り止んだ。シャッター。ふたたび音楽。ざわめき。回り続けるレコード。
これから最高のパーティになるだろう。音楽が、大きくなる。扉が開かれた。おめでとう!
