コンビニで何個目かのパック酒を買い、ストローをさし、バスターミナル脇に設置された小さな花壇を囲む、赤茶色したレンガに腰を降ろす。派手に飾られたクリスマスのイルミネーションをぼんやり見上げていると、きれいだな、とも、くだらないな、とも思わないかわりに、なんだか突然ウンコがしたくなってきたので、ぼくは立ち上がる。顔見知りの飲み屋にでも行って便所を借りようかとガード下に向かい、酔って頭がテキトウになってしまったぼくは、手に持ったカラの酒パックをいったん中空に放り投げ、落ちてきたところをそのまま軽く蹴っとばす。目標は前方に放置された自転車の前カゴだ、と思い酒パックのえがく放物線を眺めているわずかいっしゅんの間に、背後から「おいおい」と声をかけられる。「ゴミ、捨てちゃ駄目だよ」突如現れた着ぐるみの男はそう言ってぼくの横を通りすぎ、路上に落ちた酒パックを腰をかがめ拾うと、左手に持ったゴミ袋に投げ入れる。男の背中には「野宿者もこの街が好きなんや」と書かれていた。

二年前のクリスマス、JR大塚駅のあたりを散歩していると、自動販売機の前にある排水溝の穴に上半身をつっこんだおっさんがいて、どうやら身動きもしない。ぼくはおっさんのジャンパーをつかみ背中を叩いて「大丈夫かー?」と声をかける。するとおっさんは泥だらけの顔を穴から出し、ぼくに右手拳を突き出すと、顔をくしゃくしゃにした笑顔を浮かべ、パッと手を開いた。そこには幾枚かの小銭がある。「こうでもしないと年も越せない」というようなことをおっさんはぼくにまくしたてる。「おっちゃん、ぜんぜん動かヘンから死んでんのかと思ったよ」とぼくが笑いながら話すと「馬鹿いっちゃいけない」おっさんも笑い、再び穴にもぐりこむ。ぼくはおっさんに話しかける前、ニンニクラーメンを食べていたので、おっさん、俺としゃべっててくさくなかったかなあ、とかそういうことを考えていた。
ごめんなさい、と謝ったあと、「おっちゃんは毎日この辺掃除してるんですか?」と聞いた。もちろんだよ、ゴミ、ぜんぜん転がってないやろ、と男はほこらしげに手に持ったホウキをかかげる。「あんたみたいなのがいると、俺らが住みにくくなるんだよ」そう言われ、ぼくはもう一度、すみません、と言った。「おっちゃん、おこられついでに写真撮らせてくださいよ」ぼくはそのとき「野宿者もこの街が好きなんや」と書かれた背中にカメラを向けたいな、とちょっとだけ思って、なんていうか、出来あがった写真や、そこからたちのぼる雰囲気、そういったことまでぜんぶ考えてしまって、なんていうか、そんなこと考えてる自分の心はまるでゴミみたいだ、と思った。「おっちゃん、正面からよろしく」「俺の写真なんて撮ってどうするの?」「おっちゃん、ぼくのヒーローやから部屋に飾るんや」そう言うと男は「あほかいな」と笑い、カメラの前に向かい合ってくれた。人ごみがぼくら二人を避け、ぼくは二度シャッターのボタンを押し、先ほどからの便意がよみがえる。ありがとうございました、と頭を下げて、遠ざかろうとするぼくの背後から「ニイチャン、撮影料や」男は柱に置かれたボストンバッグから、鬼ころしと書かれた酒を一つ取り出し、ぼくに放り投げる。男の手からぼくの手へ、酒パックがえがいたこの日二度目の放物線をぼくはこれから何度も、何度も思い出し、街の海へ
船を漕ぎ始める。
(街海 - 第一章)
「街海」に関する追記
前回の日記を更新して以来、予想もしなかった程にさまざまな人から御支援を頂いた。具体的に言うと、真っ先に、じゃあ写真集を作ろう、と言ってくれた人、自分の持っているカメラを使ってもいいよ、と言ってくれた人、酒でもおごってやるからいつでも呼んでくれ、と言ってくれた人、その他、あたたかいコメントを書いてくれた人、そして最後に、金がないと書いたぼくに金をくれた人。
匿名で送っていただく金銭、そのありえない総額を前にしたときに感じるプレッシャーというのは、これはもう、他の誰とも絶対に共有できない自分だけのものなのだ、と強く感じる。そしてその重圧を前にしたぼくが取る態度は、やるかやらないか、その二つしか残されていない。あなたがたが無言である以上、ぼくはあなたがたの気持ちの総体を、勝手にこう解釈する。「そこまで言うのなら金を送ってやるから、さあ、やってみろ。舞台は用意した。お前に出来るのか?」
ぼくの答えはイエスだ。あなたがぼくに賭ける以上に、ぼくはぼく自身に賭けている。いま、本心からこう思う。ぼくは自分一人では、自分の生活すら支えていくことが出来なかった。そしていま、色んな人たちのおかげで、ぼくは継続して写真をやらせて頂いている。写真をやらせて頂いている。ぼくを支えるのはその一点であり、その一点がぼくのすべてだ。この「街海」というシリーズは、最終的には一冊の本にしたい。
自分の写真や文章が現在どの程度のレベルでしかないのか。そういったことは人から言われるまでもなく自分自身、かなしいほどによくわかっているつもりだけれど、そのような認識が生み出したものはといえば、ぼくの両足にいまだつながれたままになっているこのクソ重たい枷だけだ。だからこそぼくはこの企画とともに成長していきたいし、写真も文体も変わっていくだろうと思う。長い時間をかけて(それでもある一定の期間を定めた上で)、一冊の写真集を作るという前提で今後自分は動いていくので、日記にこのシリーズをどこまでのせていくのかは全く決めてないけど、今回更新した「この街が好きなんや」というのは序章に続いての第一章、試運転のつもりで書いた。だいたいこういった雰囲気でやっていきたい、ここで書いた地平からぼくは出発していきたい、というのを見せたかった。
応援してくださった人、そして今回ここまで読んでくださった人、本当にありがとうございます。ぼくは将来なんとしてでも、俺の人生捨てたもんじゃなかったな、あのときのおまえらのおかげで!と振り返りたいので、残り少ない今年の数日と来年の一年、気合いを入れてやっていきたいと思います。平民新聞を愛してくださっている方々へ。ぼくはあなたの期待にこたえたい。これからもよろしくお願いします。



