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シケモクアーカイブ

  • 映画「網走番外地」

 
雪深い山の中、作業場へ行く囚人一行。左が健さんで右が田中邦衛です(一枚目の写真ね)。
そこへ地元のおっさんがうまそうに煙草を吸いながら通りかかるわけです(二枚目の写真ね)。
刑務所の中は煙草が吸えないので、みんなうらやましくてたまらない。

 
そのにくったらしい地元のおっさんは、吸った煙草をポイって捨てるのですが、もうみんなで奪い合いになって、結局、リーダー格の男がそれを手にします。で、みんなで回しのむわけです。いい光景ですね。
 
一人ひと吸いって決まってますから、ほんとに味わって吸ってます。実にうまそうですね。で、最後の写真は「おいおい、おれにも早くよこしなよ」て顔してる健さんです。


  • 「しけもく暮し」(詞・曲:蓮池裕児 編:久保田麻琴)

おいら職なし だから文無し
おいら職なし だから文無し
じっとすわって しけもくふかし

(中略)

おいら見つけた 町の日だまり
おいら見つけた 町の日だまり
いつのまにやら 風のふきだまり

  • おまえの未来はギラギラ光るか(草野心平)

「文化」の街の一週間で。
すつかり疲れてくらくらする。
煙草を吸はう。
マツチをつけるそのために。

シケモクとは関係ないんですけど、なんとなくフレーズがかっこいいと思ったんでのっけておきます。

  • 吸殻を炎天の影の手が拾ふ(秋元不死男)

終戦直後のこと、横浜・桜木町駅前での所見句である。
 俗に”モク拾い”と呼ばれる人がいた。煙草の不自由な当時だったから、道に捨ててある吸殻も粗末にされなかった。それを拾って中味をほぐし、うす紙に巻いて売る商売があった。細い竹の棒の先に針をつけ、それで吸殻を刺しては腰にぶらさげている空罐の中に入れる者もいた。手では拾えない物の隙間に落ちている吸殻も、それで器用に拾った。浮浪児もやっていたし、結構な歳の男や、女もやっていた。拾う煙草は駐留軍兵士の捨てた吸殻が長目で彼らによろこばれた。
 この句は炎天の路上に落ちている吸殻を手で拾いあさっている景である。バスを待つ人々の行列はモク拾いの狙う場所。誰かが捨てた吸殻をすばやく発見すると駈けよってきて拾う。ぬっと手が出ると、その手の影が黒々と路上に落ちて、吸殻が拾われる。「影の手」が拾うのだ。不気味な感じであった。
 *吸殻を炎天の影の手が拾ふ (昭和二十一年作)『瘤』所収。

自選自解 秋元不死男句集 現代の俳句9 白凰社

  • 貧しい男あり(井之川巨)

ゴールデン・バットの味覚は、炎天の栃の木の影。背を寄せて憩えば、ごつごつの父。こけむした湿気と、腋毛吹く涼風の快味だ。激しく疲れたとき、その肌はあまりに辛く、粘土は咽喉をさす。真紅の血動脈を流れ、両腕に太陽を抱くとき、ゴールデン・バットは、ぼくの心臓に口火をつける。
一九五二年六月一日午後十時。太陽系地球の東端。百万の東京の屋根のひとつに、傾きかけた机にむかい、ゴールデン・バットをふかし、煙りにむせてなく、ひとつの貧しい男ありと知れ。  

「詩と状況 おれが人間であることの記憶」社会評論社




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