セオリーじゃないぞ、アレン。書くことを書くことたらしめるのは、今ここでおこっているスウィートなこと、ダークなこと、マッドネス、そういうことのすべてなんだ。*1
今年の四月に死んでしまった作家奥山貴宏のドキュメンタリー『ETV特集・オレを覚えていてほしい』(再放送)を見てしまった。この番組があちらこちらで話題になっていたのは知っていたのだけど、ガン漂流も生きててナンボだろ、と思っていたので、奥山貴宏が死んでしまった今こんなもの見てもしゃあない、とゆうか痛々しいだけだろうとゆうのがあった。まあでも彼が死んだからこのドキュメンタリーが出来たのだけど。
自分が何かとんでもない病気にかかって、ある日突然余命いくばくもない事を言い渡される。おれははたしてそおゆう地点から、おのれの実存をネタとして他人に、そして何よりもおのれ自身に、病と闘いながらもおもしろおかしく、披露できるであろうか。終焉を宣告されそれでも尚おれは踊り続ける事が出来るのか。こおゆう事を頭の中だけで考えている人はけっこういると思う。何をかくそうおれもそのうちの一人なのである。まあでもこんなこと頭でいくら考えても無駄で意味がない。
ただ、実際にそれをやってしまった男、死ぬ間際まで踊り続けた奥山貴宏の映像は、やはり少々いたいたしかった。お涙ちょうだいとかそういうのは御免だぜと奥山は言う。そしてこの映像に出てくる友人知人そして母親、誰も涙を見せる者はいない。人一人の生き死に、生きざま死にざまを映像として突きつけられるのはとてつもなく重たい体験だ。それでもなお奥山が舞台上から<笑え>とゆうのならば、おれはあくまでも観客の礼儀として軽く笑ってみせる。でも奥山が死んでから彼の部屋を掃除しに来た母親が、はじめて見たという息子のブログを見ているシーンは、なんとゆうか、あまり笑えず、目から鼻水が出そうになった。
映像を見終わって《BEATとはBE-AT、そこにいること、ときめいていることだ!》とゆうジャック・ケルアックの言葉をおれは思い出した。奥山貴宏は今どこにいるんだろう。
http://www.teknix.jp/(奥山貴宏「TEKNIX」)
*1:ジャック・ケルアック