銭湯に行ってテレビをみていたら森本タケローの番組で若年性認知症の特集をやっていてそこには二組の夫婦(それぞれ夫が、あるいわ妻が認知症)が出ていておれはアイスクリームを食べながらその夫婦のありようとゆうか、それぞれがそれぞれに注ぐまなざしとでもゆうよおなものに魅入ってしまった。ああゆうまなざしとゆうのはお気の毒にとかおかわいそうにとか愛だとか恋だとかそおゆうちゃっちい言葉で表現されうるよおなものではなくもっと深くてきびしいものだと思うのである。と、同時に「相方がああゆう状態になった時にはなんだか自分が試される気がする」とゆうよおな事を誰かが言っていた気がするけれど、介護(あえて介護と書くのよ)とゆうのは覚悟の問題ではなくてあくまでもシステムの問題なのだ、とも思う。人間一人がどれだけ目の前の一人の他人を受け入れ世話できるのだろうか。介護疲れでしんでしまったりとかころしてしまったりとか、あるいわ心を病んでしまったりとか、そおゆう話は今までもあったしこれからもどんどこ出てくるものだ。番組自体は短い特集だったからある程度夫婦の生活に焦点がしぼられるのは仕方がないのだけれど、とりあえずおれが思う事を繰り返し書いておくならば、配偶者*1の介護とゆうものを絶対に当事者間の「覚悟」の問題にすりかえてはならない*2。あくまでも地域全体の福祉の問題であって、ヘルパーさんや病院の先生やグループホームや、番組でも最後に取り上げられていた「家族の会」とか、まあなんやかんやで、一人で抱えずにみんなで考えていった方がいい問題なのである。ああ、おれは何を必死になって言ってんだろおか、って気にだんだんなってきたので、牛乳のんで寝ます。グースカ。