アパートのおれの部屋の向かい、嵐山光三郎の隣の部屋。
家賃不払いで扉が撤去されその後で荷物と住人も丸ごと撤去された部屋。
(id:heimin:20050430)
しばらくは廃墟のような状態が続いていたのだが、ここに先日新しい住人が
越してきて、そいつはたぶんまだ二十歳くらいで、やたら愛想がよく、
廊下ですれ違ったらコンニチワ!引っ越してきた時にはヨロシクオネガイシマス!
と、まあなんとゆうか今どき珍しい好青年であった。
まあなんかわからん事があったらいつでも聞いてね、よろしく、なんておれもまた
愛想よく答えたりして、銭湯に案内してやったり、八百屋に連れていって
やったりもして、かわいらしいなあコイツ、なんて思っていた。
きのう、夜中の三時すぎくらいに、おれは本を読んでいたのだけど、
静まりかえったアパートに、「ギイ」「ギイ」「ギイ」とゆう珍妙な声が
響きはじめて、犯人はあきらかにその新しい住人であった。
なんとゆうか、自分の敏感さとか繊細さとかを、まあどのような形であれ他人に
アピール出来てるような人とゆうのは、案外ずぶといとゆうか、そおゆう器用な
事が出来る人間の体や心は、本人の自覚以上に頑丈な作りになっているもので、
あまり本当の意味でおかしくなったりはしないと思うのだけど、
不幸にしてそおゆう器用さを持たない色んな意味で地味な人間とゆうのは、
ある時、ある瞬間に、交通事故にでも遭うみたいにして、
ちょっとおかしくなってしまったりするものだ。まあそんな気がするんだよね
おれは、とゆうくらいの話であるから、あんまり真剣にきかんといてくださいね。
で、とりあえずギイギイいう声もだんだんと大きくなってきて、んで、
「ドスン」て音も聞こえたので、めんどくさいなあと思いながらも、おれは
そいつの部屋の扉をたたいたのだけれど、特に応答もなく、いつまでも
ギイギイ言ってるもんだから、扉を引くと、鍵はかかっていなかった。
引っ越してきたばっかりだから荷物もそんなにない三畳の部屋で、そいつは
しゃがみこんで、たまに頭を畳にうちつけたりしながら、
いつまでもギイギイ言っていた。「どないしたんや?」といって入っていった
おれは、特にかける言葉もなかったもので、そいつの前に座って、煙草を吸って
いた。「大丈夫か?病院いこうか?」とかたまにまぬけに声をかけて
みるのだけれど、特に反応もなく、ドスンドスンとやっている。まあ、柱に
打ちつけてるわけでもなし、怪我もせんやろなあ、と思ったので、
近所迷惑なやつやなあ、なんて心配しつつもおれは彼のしたいがままに
しておいた。とりあえず急にとびかかって来られでもしたら困るので、
よけれるように半分くらい体を浮かせてはいたけれど。
そおやってしばらく放っておいたら、ギイギイのかわりに今度は
「我慢我慢」と言い出した。いやはっきりゆうてね、ガマンガマンはこっちの
セリフですわ、とおれは心の中でつっこみながらも、まあ黙ってきいていたら
「がまんできることをがまんしたいのですが」と、やっとのことなんとか
文章らしき言葉を彼がつぶやき出したので、「どないしたんや?」と、まあ
あほみたいだけど、おれはさっきと同じ言葉を口にして、「たばこ吸うか?」
ときいてみたら、彼はおれの差し出したたばこを手にとった。
「それメンソールなんやけど、すまんなあ」とおれは言って、火をつけてやった。
そしておれもたばこに火をつけて、二人してあほみたいに、しばらく無言で
たばこを吸っていた。煙草を吸いおわったころに、彼は
「救急車をよんでほしいのです」とおれに言った。
「ちょうどおれは今きみを連れて雑司ヶ谷霊園にでも散歩につれてってやろおと
してたとこなんやけど、救急車よんでほしいのか?」とおれが言ったら、
「がまんできることをがまんしたいのですが」と、彼はさっきと同じ事を言った。