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いや、目の前でマンションから人が降ってきてね、あれは驚いたね、アハハ、なんて話を職場の友人仮名・火野葦平としてたのは先週の事で、それから何日か後、仕事に行こうと地下鉄の階段をおり、電車の音が聞こえたので急いで改札をくぐった所でブレーキの音。すなわち、飛び込み自殺なのであった(今度はさすがに死体はみていない)。とりあえず俺は急いでいたし、それに出来る事ならそおゆう物騒な現場にはすすんで居あわせたくもないので、踵をかえし《仕方ない、JRまで歩くか》と階段をのぼりはじめたわけだが、背中の方からは駅員の動揺した、ウワァ、車輪ニカラマッチャッテルヨ!、なんて声が聞こえてきたりもした。


今朝仕事が終わって火野葦平と飯を食いに行った。まったく話は飛ぶのだが、この火野葦平とゆうやつは俺の数少ない友人の中で最も頑丈な男で、頑丈とゆえばいいのか変人とゆえばいいのか、俺からすれば全く信じられないのだが、一週間のうち、月曜の朝から土曜の朝まで、眠らずに働くのである。火野は仕事を朝と夜二つ持っていて、月曜の朝8時から夕方まで(当然のように肉体労働)、そしてその足で俺のいる職場に来て早朝まで夜勤、そして一切仮眠をとらずにそのまま火曜の朝仕事、そしてまた夜勤。と、この調子で土曜早朝まで延々働き続ける*1。土曜日、部屋に帰っていったいどれくらい眠るのだね?と俺が聞くと、「眠るというよりは部屋についた途端意識を失う感じなんだけど、まあ、だいたい次の日の昼過ぎまでは目が覚めないから30時間くらいは寝てるんじゃないだろうか、などと爽やかに答える。


この火野葦平とゆう男については以前もココに書いたような気もするし、他に書きたい事もわらわらとある気もするけど、まあとりあえずはどうでもよいから置いとくとして、結局俺がいま何を言いたいのかとゆえば、今朝火野と食事をしながらも俺は前述二つの死体の話をしていて、火野から「いやあ金子クンは死神みたいなモノだからまわりの人間がどんどん死んでくんだね」なんて事を言われて、俺もまた、アハハ、そりゃおもしろいや、なんて答えつつ、火野の仕事時間が近づいていたのでじゃあサヨナラと別れた帰りの地下鉄で、またも人が飛び込んだわけである。そして現場は前回の飛び込み自殺とまったく同じ、俺が普段使っている地下鉄某線の、某駅なのであった。


皆が他の路線からそれぞれの職場に向うべく、ぞろぞろと電車から降りて行く中、あとは部屋に帰って酒のんで寝るだけの俺はといえば、ガラ空きになった車内で寝っころがっていた。こおゆう場合やはり駅員も動揺するのだと思うけれど、突然車内アナウンスのスイッチがOnになり、「ガイシャは即死状態、車輪にカラマッテイル模様」なんてゆう、既視感とゆうか既聴感とゆうか、あまりにもそのマンマで先週もきいた事のあるなまなましい言葉を耳にしながら、このひと月くらいの間に、三人の人間が死んで、俺はそのすべての現場に居合わせてしまったのか、などと考えたりした。(眠たくなってきたので、とりあえずここでおわり。つづく。)


*2

*1:ちなみに俺が北海道で現場仕事をしていた頃、同じように超人的に働く男がいた。その男は、かねこくんだれにもいわないでねいったらころすからね、といいながら、俺の前でかくせいざいを打っていた。

*2:新聞によるとこの二つの鉄道自殺、前者は60歳前後の男性で、後者は高校生女子であった。女性のほうは若干詳しく(?)報道されていて、進路に悩んだ末カバンに友人へのメモを残し、ホームを走りながら、列車に飛びこんだ。と、書いてあった。時間帯からして通学前である。まあ所詮報道であるからこの女性が実際どおゆう理由で自殺したのかはわからないけれど、なんとゆうやら、生きていればそれだけで素晴ラシイと考える程に俺は呑気でもないし、そして、死んではイケナイとか断言できる程のある種の精神的な逞しさも持ちあわせていないのであるが、高校生くらいでなにも死なんでもよかろうに、なんて思ったりもする。しかしそおゆう説得力のない言葉が匿名の死者に届くわけもあるまいし、例えばこれから死のうと思ってる人間に死ぬなと言ってみせるのは一つの暴力であろう。俺はなにも死なんでもよかろうに、といまここで書いたわけだが、その言葉を、いま現在死に向かおうとする人間への「暴力」であると定義してみると、はたして俺にはそおゆう暴力をふるうだけの覚悟があるのかと自問してみたれば、やはり匿名他者に向かってそこまでの事ができるわけもない。だからしてああ、女子高生が死んでしまったのね、とかなんとか、限りなく沈黙に近いつぶやきをもらしてみるのみなのであった。死者もしくわ死者予備軍に対して何かを言っているようで、その実結局のところ何も言っていない俺が、なぜこおやって長々とつぶやいているのかと言えば、それは何年か前沖縄の民宿で働いていた頃、那覇の港で客待ちのために車を止めていて、目の前の暗がりにヘッドライトをつけてみたらば今まさに海に飛びこもうとしているオバハンを照らしてしまって、行きがかり上、助手席にいた民宿主人とともに半ば強引にオバハンを抱きかかえ飛び込みをやめさせてしまった事があって、港の待合室で聞いたオバハンの、自殺を決意するまでにいたった身の上話、強引に一言でゆうところのそれは母親の介護疲れ、とゆうやつであるのだが、嗚咽しながら物語るそのオバハンを前にして、俺はフト、このオバハンが死ぬ機会を奪ってしまったこの俺達の行為はいったいどう説明づければよいのだろうか、とゆう事を考えたりもした、その出来事を思い出したからであった。・・・こおゆうしんきくさい事を本文で書くのはどうかと思ったので、あえて読みにくい感じにして註としてみた。




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