新文芸坐にて「お茶漬の味」「麦秋」みにいきました。
成瀬巳喜男の時もそおだった気がするけど、ほぼ満員の客席は平均年齢どうみてもオーバー60なかんじでした。こおゆう普段何してんだかよくわからんようなじいさんばあさん達をゴールデンウィーク中のゴミゴミした池袋くんだりまでわざわざ来させて風俗街のど真ん中、新文芸坐に足を運ばせる。これはものすごく偉大な事だと思うのだけれど、同じような事は随分昔に大阪でやってた市川雷蔵映画祭に日参してた時にも感じてて、今にもくずれおちそうなばあさんたちが手製のおにぎりを持参し噛めもしないオカキをもごもごしながら(おそらく口の中で溶かしてんだろう)「雷ちゃん雷ちゃん」と映画内容に関係なく市川雷蔵が登場する度に気のぬけた拍手をパチパチ(パチパチ、とゆうよりはパスパスとゆう感じなのだけれど)する姿をみて、当時から年寄と犬猫に関してのみ涙腺のゆるい自分は一人涙していたもので、こおゆうのが今回の小津安二郎特集もひっくるめて、映画の力と言わずしてなんとゆうのか、とか感じたりもする。映画の力、音楽の力、文学の力。まあそんなものしょせんうんこみたいなものだと思うし、そおゆううんこみたいな事を大上段に振りかざしてみせる物言いもうんこのカスみたいなもんだと思うのだけれど、じゃあお前は結局何を言いたいのだと問われれば、要するに年寄が集まるイベントは無条件に素晴らしいのだ、とゆう特に理由のない、極私的な見解だったりするのです。それにしても「麦秋」の大和のじいさんは映画史上類をみないほどの愛すべきくそじじいだと思うのだけど、どうでしょうか。僕はああゆうわけのわからん気のおけないじじいになりたいです。