第一部はひたすら工場で働く(そして解雇されぷらぷらする)男たちを、今回は艶粉街と呼ばれる住宅地に住む人たちの様子が描かれる。冒頭派手な宝クジ大会の場面からはじまり非常にカラフルである。でもカラフルなのはその場面だけ、あとは再開発計画のため壊されていく町並と、割り箸の袋詰めの内職をする男や女たち、狭い部屋で寝転びだるそうに煙草を吸い続ける母親、「こんな家にいたら気が滅入る」といって外に飛び出す息子、みんなどうしょうもなく倦怠を漂わせている。
でもそんな滅入った街の中でも主人公の(と、呼んでもさしつかえないと思うので)17,8歳のクソガキたちは誰が誰を好きになったとか誰それが誰それに惚れた惚れられたとか、好きなこにつたない文章でラブレターを書いてみたりとか花を贈ろうにも花を買う金がなくて他人が持っていた花を強引にもらってプレゼントしてみたりとか、くだらなくて馬鹿で、それゆえにあまりにも切なすぎる青春時代をすごす。
なんとゆうか、「働きもせずに飯だけ食いやがって!」とか罵倒されてしまう少年をみてて、とゆうかそれだけじゃなくってこの長い長い映画全体をみてたら、どうにも、消えていく新宮の路地を前に自らカメラをまわしてそれを記録しようとしたた中上健次の事を思いだしてしまった。映画「路地へ」で少しだけはさまれる中上健次のそのイタい映像を思いだしてしまったのだ。
ひとつの街があとかたもなく消えてしまうまでの、そこに住む人たちの営みを、自身が主観を持たない透明な存在であるかのように美しく記録(記憶)してしまった王兵奇跡の作品。
http://www.athenee.net/culturalcenter/schedule/2004_04/tetsunishi01.html