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「わしは何度も熊沢さんと会って、南朝のことを教えたよ。この男が本当に南朝の天皇の流れをくむのか知りたくてねえ。わしは十九歳のときから南朝の歴史を調べていたから真贋を見究める自信はもっていた。熊沢さんの話を聞くとどうも本当らしい、九十九代の後亀山天皇の流れをくむのが、熊沢さんで、百十四代目にあたるとにらんだ。よしこの男を守りたてよう、と熊沢さんと連れだって、名古屋だけでなく大阪・京都と講演して歩いたもんだ。どこも超満員で四百人はいる所に千人もくるという時代だった、誰もが『へえ、日本にも天皇様がふたりいるのか』と珍しがった。南朝史なんか学者以外はくわしく知らないときだったからなあ。それにマッカーサーとGHQが熊沢天皇を応援していると思われていたしね」
ー中略ー
 ヤミで設けた連中が、熊沢に莫大な献金をした。それで、もし熊沢が天皇になったら、自分を皇族にしてほしいと厚顔にも頼みこんだ。熊沢は「朕は汝の貢献を忘れない」と約束したという。皇族の地位や爵位が乱発される光景を老人は脳裏に焼きつけているといった。
「わしが熊沢さんからはなれたのは、あの人が自分がいまの天皇にかわって天皇になるといって浮かれてばかりいたからだ。天皇になるんではない。天皇なんだ、あの人は・・・・・・」
(天皇が十九人いた/保阪正康)

写真は新宿三丁目です。あやしげなバーがたくさんあります。




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