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最近読んだ本(2026年1月)

読んだのは10冊。一部ネタバレあり。

 

『カヴァフィス詩集』

  • 岩波書店

カヴァフィスは20世紀ギリシアの詩人。歴史、同性愛、老化への恐怖、過去への哀惜などが詩の題材になっている。
歴史をテーマにした詩はどれも物語的で短編小説のよう。
同性愛は大抵喪失の感情とセットになっている。そしてそこに老いることへの失意が重なる。うろ覚えだが、ギリシア人(古代ギリシア人だったかもしれない)は基本的に老いを肯定的には捉えない、老人が縁側で日向ぼっこしながらお茶を啜るといった安穏さを是とする価値観は彼らには縁遠い、と述べたのは中井久夫だったか。

ネガティブなトーンの作品が多い中で「イタケー」のポジティブさが異彩を放っている。これと「蛮族を待ちながら」が世評のとおり双璧だろう。
30頁以上にわたる池澤夏樹の解説が、詩人の伝記から詩の特徴まで詳しく記していて参考になった。

 

久坂部洋『廃用身』

著者は高齢者施設の院長を経験している医師。映画化の報からストーリーを知り興味を持ったので読んだ。

本人および介護者の負担を減らすために、麻痺して動かず治る見込みのない部位を切断する外科処置「Aケア」を行った医師の話。

動かない体は本人にとって邪魔かつときに事故のもと。切断すれば解消する。体重もその分軽くなるから介護もしやすくなる。
効率を追求した末の処置。理屈でどう反論したらいいのか、自分には難しい。感情的な嫌悪感が先に立つ。安楽死に対するのと似ている。映画『PLAN75』を連想した。

  • 倍賞千恵子

Aケアも安楽死をめぐる議論で危惧されるのと同じ問題が浮上する。当初は慎重だった対象範囲が慣れるにしたがって徐々に広範囲に適用されるようになっていく、あるいは患者が本心では望んでいないのに「周りに迷惑をかけたくない」と空気を忖度して処置を依頼する。

 

二部構成で前半が医師の手記、後半が編集者による注釈。後者によって前者の視点が相対化されるもののAケアがどちらかというと肯定的なトーンで語られていくのがなんとも言えない。

巧みな構成でノンフィクションのように読める。架空の奥付まで付いていて凝っている。映画、怖そうだけど見たい。


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貴志祐介『天使の囀り』

再読。10年以上前に一度読んでいるが、終盤の大浴場できっついシーンがあったなあ、くらいの記憶しか残っていなかったので新鮮な気持ちで読めた。
バイオホラーというのか、ウイルスと寄生虫の違いはあれ、コロナ禍を経た今読むと初読のときより恐怖のリアリティが増した気がする。

 

「現代ホラー小説を知るための100冊全部読む」チャレンジ継続中。1月終わりの時点で残り52冊。

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中島らも『ガダラの豚』

いつ以来か忘れたが再読。
面白かった、しかし後半は失速した、新興宗教の教祖が助平だったくらいしか覚えていなかった。再読してみたら終盤の3巻はむしろスピーディな展開で一気読みした。記憶はあてにならない。

1巻は超能力対トリック、2巻はケニアの呪術的世界、3巻はアクションとそれぞれに趣が異なる。そのどれも水準が高くて面白いのだからすごい。『本なら売るほど』の「死ぬかと思うほど面白い本」との紹介は誇張ではないと思った。

現代ホラー小説を知るための100冊の一つだがホラーのジャンルに収まらないジャンルミックス的なエンタメ大作。

 

タイトルの意味を忘れていたが2巻に記述がある。聖書からの引用。イエスが人に取り憑いた悪霊に出ていけと命じ、悪霊たちは人から豚へと移動したあと崖から海へ飛び込んで死んだ。その出来事があった土地がガダラだった。

 

遠藤徹『壊れた少女を拾ったので』

不条理なホラー短編を5つ収録。文章がいいので内容がぶっ飛んでいても「そういうものか」と受け入れて読める。一部過激な描写あり。前半収録の三つが面白かった。

「弁頭屋」
戦時下の日本の大学生と彼が贔屓にしている弁当(頭)屋の話。人間の頭の中身をくり抜いて器にして弁当を盛っている。そしてそれを誰も不思議に思わない。そういう奇妙な世界でありながら展開するのはごくありふれた若い男女の恋愛模様というギャップ。オチも奇妙。

「赤ヒ月」
カニバリズムもの。ただし食事ではなく性的な戯れとしてのカニバリズム。腹を開かれ内臓を啜られながら歓喜の声をあげてよがる被害者の姿は淫靡。終盤の乱交シーンは圧巻。

「カデンツァ」
家電と人間の恋愛。ふざけた内容を大真面目に書いていて笑える。一番好き。

 

表題作と「桃色遊戯」はイマイチだった。

 

鶴見済『死ぬまで落ち着かない』

60歳以降の人生終盤をいかに生きるか、自身の経験を踏まえて述べたエッセイ。
生き方、メンタル、死についての3章に分かれている。

 

生き方について。
歳をとるとこだわりが強くなるからこそ人の言うことを聞ける素直さをもつ、他人のことは気にしない、捨てられるものは捨てて身軽になる、人生の目的を「苦痛を減らすこと」におく、わからない若者文化は外国のようなものであり自分は移民みたいなものだという感覚を持つ、など。

メンタルについて。
人生は運まかせと認識する、不安や後悔を受け入れる、運動は大事、人生の残り時間が少ないからこそ思い切って挑戦してみる、など。

死について。
45歳以降の人生はおまけのようなもの、死後の世界なんてない、自殺してもいいと思うことで楽になる、など。

 

読んだ時期がちょうど冬の寒さと日照時間の短さで鬱っぽかったのでとくにメンタルの章が参考になった。著者ほどではないけれど自分も若い頃は自意識過剰だった。今ではなぜあれほどまでに…と呆れるほど。歳をとるうちにどんどん無神経になっていった。同時に過去の記憶も薄れて楽になった。歳をとると身体的には若い頃のように活発ではいられないけれど、メンタル的には生きやすくなるように思う。あと、これは俺の運でしかないけれど、経済的に若い頃より恵まれたので生きる不安はだいぶ和らいだ。お金大事。

 

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久坂部洋『人はどう老いるのか』

実際に高齢者を診てきた医師の立場から、老いについて、死について述べられる。
現場を知る専門家の意見だけにかなり参考になる。現実的・実際的な見方はある意味で非情だがそれだけに「そういうものか」と安心させてくれる部分もある。ハイライトをたくさん引いた。文章もいい。

 

本書の主旨を一言で言うと老いと死の受容。老いること、死ぬことを過度に恐れると人は必要以上の保険に入り、検査を受け、治療を受け、抵抗しようとする。しかし老いも死も自然なことであり生の一部なのだ。抗っても詮無い。

 

著者は、自分を含め医師でがん検診を受ける人は少ないと言う。二人に一人がなるというがんだが、逆にいえば半数の人はならないということでもある。その人たちにとっては検査はすべて無駄になる。それに体調に注意していれば症状が出てから治療しても助かるがんは多い。現在は昔に比べて抗がん剤治療が進歩して、がんは治らないけれど死なない=がんと共生する道が拓けてきた。高齢者の場合、がんで死亡するより先に寿命を迎えるケースも少なくない。「死ななければがんも通常の慢性疾患と同じです」

よけいな延命医療は却って患者に苦しみをもたらす。よけいな医療とは死を遠ざけようとする医療である。
「まだ治療の余地があります」とか、「なんとか別の方法を試してみましょう」などと言う医者も、内心では何もしないほうがいいんだけれどと思っているというのが、ほんとうのところです。一方、死にゆくがん患者さんに必要な医療もあります。それは痛みをコントロールするために医療用麻薬の使用です。モルヒネが主ですが、ほかにも人工麻薬のフェンタニルやオキシコドンなどもあります。飲み薬や持続注射、座薬や貼り薬もありますから、患者さんの状態に応じて使用できます。

 

私ががんになって最期を迎えることになれば、早々に医療用麻薬を開始してもらって、麻薬の安楽なもうろう状態で、この世とお別れしたいと思います。

 

高齢者施設の職員で、過剰な長生きを肯定し、自分もそうありたいと思っている人はまずいないでしょうし、医療者も最後の最後まで病院で医療を受けたいと思っている人は少ないはずです。両者とも適当なところで死ぬことの大事さ、快適さ、効率のよさを実感しているからです。自分が死ぬときは、医療の手を離れ、自宅や施設で自然な最期を迎えたいと思っている人が大半だと思います。

 

死を容認することは本能に反することですし、少しでも命を延ばす手立てがあるなら、すべて試すべきだというのが一般的な感覚かもしれませんが、そのことで死にゆく人によけいな苦しみを与えてもいいのでしょうか。

 

自分も父親のがん検査に付き添ったとき、検査自体がかなり身体に負担をかけるものと知った。必死に死に抵抗しても人は必ず死ぬ。最後には敗北する。だったら苦しみを長引かせてまで生に執着するより、自然に逝く方がいい選択なんじゃないか、と思った。だから本書の著者の意見には同意できる部分が多かった。

私は現在、医者の仕事としては健診センターで内科診察を担当していますが、健康について多くの人が心配しすぎだと感じています。その心配が時間的、経済的、精神的、肉体的に多くの無駄を作り出しています。そんなに心配しなくても大丈夫と言いたいのですが、無責任と言われかねないので黙っています。

 

もうすぐ50歳になろうという自分、有給を取れば遊びに出かけるばかりで、もういい歳なんだから脳ドックなり人間ドックなりにあてるべきなのでは、と思い少し調べてみたんだけど*1、以下の記事を読んだりするとせっかくお金と時間を費やして受診しても余計な心配を増やすだけの結果になりそうな気もして、会社で年2回健康診断やってるんだから個人でさらに検査をやらなくても大丈夫だろ、という結論になった。言うまでもなくここには、なってほしくないことから目を逸らすことでならないで済むだろう、と思い込む逃避心理が働いている。

amanuma-naika.jp

 

モーガン・ハウセル『サイコロジー・オブ・マネー』

年が改まったのでお金に関する意識を再確認したくなって読んだ。

貯蓄率を高く保ち生活防衛資金を多めに保有しておく。
他人との比較による見栄消費に陥らない。
インデックスファンドを長く保有して複利を最大限に活かす。
最高の豊かさとは自由である。…などすでに知っていること、実践していることが大半だった。今のまま継続すればいい、と再確認できたのはよかった。

不測の事態に備えて現金を多めに保有しておけ、というのは類書の中では珍しい。大抵は3ヶ月から半年分の生活防衛資金を用意したらあとは投資に回せ、と書いてある。

特定の目的がなくても貯金はすべきだ。 貯金自体が目的であってもいい。むしろ、そうすべきだ。誰もが、そうすべきなのだ。 特定の目的のためにだけ貯蓄するのは、すべてが予測可能な世界では意味があるかもしれない。しかし、私たちの世界はそうではない。人生では、最悪のタイミングで予期せぬ出来事が起こり得る。貯蓄は、そのリスクに対する備えなのだ。

お金に関してはどう扱うにせよ自己責任でやるしかない。

 

*1:会社の同世代には休暇とって人間ドックに行く真面目な人もいる、そのくせ彼らは喫煙者だったり酒好きだったりするのが可笑しい




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