原題は“Cloud Cuckoo Land”。
『すべての見えない光』でピュリッツァー賞を受賞したアンソニー・ドーアの7年ぶりの長篇だ。
前作に続き今回も訳者は藤井光氏と聞けば、これはもう、何をさておいても読まなければという気になるというもの。
だがしかし、実際に手に取ってみるとずしりと重い700ページ越え。
かつて物語は長ければ長いほどいいとばかり長篇好きを公言していた私だが、最近は気力、体力、集中力に視力、どれも衰えを感じていて思わず尻込みしてしまう。
パラパラとページをめくってみると章立てが細かく余白も多いので、実際の文字数はそれほどでもないよう。
意を決して読み始めたのだが、読んでみるとこの余白がかなりのくせものであることわかった。
なにしろ、時代も場所も小説のジャンルさえも異なる3つの物語が同時並行的に語られる構成なのだ。
コンスタンティノープルの陥落を、ビザンツ帝国で暮らす少女アンナとオスマン帝国領から徴用されて従軍する少年オメール中心に描く歴史小説の5世紀のパート。
図書館でおきた爆弾テロ犯の少年シーモアの生い立ちと事件に巻き込まれた老人ゼノンの過去を交えて語られる20世紀のパートはまさに、現代社会の抱える問題と向き合うリアリズム小説。
さらに未来のパートはといえば、宇宙船〈アルゴス号〉で暮らす少女コンスタンスを中心とするSF小説なのだ。
このジャンルも時代も異なる3つの物語をつなぐのが、古代ギリシャの散文物語『天空の都の物語』という仕組み。
どのようにつないでいくか、どう結び合わせるのかは読んでからのお楽しみ。
たとえばこれがそれぞれの年代毎にまとめられた3部構成であったならば、読者はもっと登場人物たちに入れ込んで、一喜一憂することになったにちがいない。
だがしかし、物語は常に行きつ戻りつ、時には2、3ページと短く畳み掛けるように場面転換を続け、その都度、読者を引き戻す。
それが物語全体、あるいは読者の心理にどういう効果をもたらすのかもまた、読んでからのお楽しみ。
はっきりと言えるのは、「失われた書物」とか「図書館」とか「コンスタンティノープルの陥落」とか、本好きが好むキーワードを多分に含み、読みづらさも含めて海外文学好きの心をがっちりつかむ作品であることは間違いないということ。
欲を言えば、少しばかり優等生過ぎるという気がしないでもないけれど……ね。