『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』の著者による読書エッセイ。
世の中に読書に関するエッセイはあふれているし、そういうのを読むとまた読みたい本をどっさり増やしてしまう危険もあるので、なるべく近寄らないようにしようと思ってはいるのだけれど、さわりだけのつもりで手に取ってペラペラ試し読みして捕まった。
あれもこれもと、本好きあるあるにあふれた本なのだ。
たとえば……
●おすすめの本を教えてほしいといわれることがけっこうある
(相手がこれまでどういう本を読んできたのわからないのに困るよねえ)
●子どものころの読書は、家族の読書遍歴に多くを頼っていた。
(私も特にすることがないときは家の本棚から適当に取り出した本を読んで過ごしていたなあ)
●昔から、勉強を含むほとんどのことにはなかなか続かないのに、本を読むときだけはすんなり集中できていた。ところがいつの頃からか本を読むときにも集中しにくくなった。どっぷりつかりたいのに思うようにいかない。読んでいてもすぐに「ほかの事」をしてしまう。
(そしてその「ほかの事」とは、スマホをいじることだったりするんだよね!)
●イタロ・カルヴィーノの『なぜ古典を読むのか』を読んで、大きくうなずいたことがある。
(「誰もが認められる事実はただ一つ。古典は、読まないより読んだ方がいいということだ。」心の中で共感ボタンを連打する)
●「他人の作った架空の物語を、いったいどうして読むんですか?」と聞かれることがある。
(そういう相手にどう応えるか…。答えたところで相手が納得するとは思えないが、自分なりの答えはあるよね。)
●これまでに、読んでやめ、読んではやめを一番繰り返した本は、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』だ。
(それそれ、私も未だに途中でつまずく…)
●本を読み終えたら文章を抜粋する。その部分をカメラで撮っておくこともあれば、一文一文メモアプリに書き写すこともある。
(私の場合、最近のお気に入りはスリップタイプのメモ用紙だったりする)
●書評は、読むべき本と読まなくてもいい本を選り分ける役割をしてくれる。誰かが丁寧に綴った書評を読むと、わたしたちは二つの選択肢を手にすることになる。その本を読むか、読まないか。
(さて、あなたはこの本、読んでみる?)